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2011年05月13日

原発では、ずっと人を使い捨てて来た

とうとうこんな事件が明るみに出た。

だが、これはずっと以前から公然の秘密だった事で、中には訴訟を起こした労働者を「ゆすり」であるかのように悪し様に罵る人もいたぐらいに、直視されてこなかった問題だ、

だまして原発で働かせないよう…東電などに要請
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110513-OYT1T00680.htm



読売での報道以前にこちらで報道されている。

宮城のはずが…福島原発行き あいりん地区の日雇い労働者が激怒
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/110509/cpb1105091929008-n1.htm



まず、人間の使い捨てが「どうせバレない」という意識で平然と行われ続けてきた結果である事の問題。福島第一原子力発電所の作業員に対する待遇改善は2ヶ月もかかった。そして、その間に悪質なデマが出回った。曰く、

「ダンボールの上に雑魚寝とか、寝袋しかないとか言ってるけど、あいつらは仕事なくてぶらぶらしていて、1時間で数万円もらって、贅沢なものを食べてるんだって。」って、なんて酷いデマだろう?

確かな情報は表に出ることがなく、やっとテレビに現実の福島第一原子力発電所内の様子が報道されてから、まず、その報道に関わった人たちへの圧力が、どこぞの副大臣からかかるといったスッタモンダの挙句に、やっと作業員たちへの待遇改善の発表があったのだ。

驚くべき人命軽視だ。そして、こんな環境で働かせればミスが出るだろう事は明らかなのに、この期に及んで同じ職場の仲間の命よりもカネを優先するという、電力会社の傲慢と、それを許している政府とが、周辺住民の事を考えているなんて、信じられるワケがない。

どれほどの人間使い捨てが行われてきたのかは、こちらのドキュメンタリーに詳しい。







もうひとつの問題は、

あいりん地区から、このようなカタチで人をかき集めるというのは、つまり、現場に素性の確かでない人が入り込むことが簡単に出来てしまう事を意味する。

これは国家の安全保障上の問題になりかねない由々しき問題だ。

原子力施設へのテロという事を、日本政府はまったく想像もしていないというバカバカしさ。

この馬鹿げた脳天気さには恐れ入る。攻殻機動隊あたりのアニメを見て勉強すればいいのにと思うぐらいだ。アニメやSFやマンガの方がよほど現実を知っているというこの哀しさ。

物語に追い越されっぱなしの現実の空虚さが、どうしようもない無力感で私に迫ってくる。

が、

その無力感に呑まれてやるほど、私は従順ではない。



喉元を過ぎれば、この事故を他人ごととして忘れるだろう。将来に健康被害が出ても、世間が興味を持たないのを良いことに、責任者たちは、自分たちか被害者がこの世から消えるまでのらりくらりと世間を渡っていくのだろう。

だが、世の中の無関心が、25年も経ってからこの原発事故に繋がっていったのを私は知っている。

無関心がこれからの数十年でまた蔓延して、それが悲劇に繋がるという繰り返しになるのだとしても、無関心では居られない人間の側に私は居る事にしよう。これまでもそうだった。これからもそうだ。
posted by 本気らいふ at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

マトモな科学者がここまで正確に予測していた。そして、政治はこれを無視した。

原発関連の文書が無料公開されている。

この中でも背筋が寒くなるほどの正確さで、今回の事故をまるで見てきたかのように書かれた石橋氏の論文がスゴイ。

こちらの一番下のリンク
http://www.iwanami.co.jp/company/index_i.html


石橋克彦「原発震災──破滅を避けるために」(1997年10月号)

のPDFファイル
がそれだ。

地震の想定が甘い事、同時に複数のバックアップ体制が崩壊する可能性、水素の発生とその爆発、使用済燃料貯蔵プールについても述べられており、これが1997年当時に書かれたものとは思えないほどだ。

普通にマトモに理詰めで考えれば、想定できる事が、実際に想定通りに起きてしまったということと、それを警告されていながら何の対策も取らなかったという事の恐ろしさがよくわかる。

より多くの人に、読んでみてもらいたい。
難しい部分もあるが、本当の事はそうそう分り易く説明してもらえるものではないのだ。分り易く説明することばかりを要求していると、先方に都合の良いことばかり分り易く解説されて、都合の悪いことは難解にされてしまう。

悪徳業者が契約書に、都合のいいことばかり図解入りで分り易く説明して、報せたくないことは読めないほど小さな文字で、理解しづらい言葉を選んで書いておくのと同じだ。

自分の無知が自分を殺すこともある。いや、それは無知ですらない。知ろうともしないという事の恐ろしさだ。

それは、ありとあらゆることが一過性のファッションに終わり、繰り返すという事を意味している。


<追伸>
こちらに石橋克彦(神戸大学名誉教授)のお考えがまとめて掲載されている。

http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html
posted by 本気らいふ at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

1100年前の事を軽視して、万年先を語る愚

原発の問題は、技術的な問題ではなく、人間のスペック不足の問題だ。

このニュースもそれをよく表しているが、1100年前の巨大地震の解析から今回の災害の可能性は指摘されていたのにそれを軽視したという。

そして、原発の高レベル放射性廃棄物は万年単位の未来に問題となる可能性を秘めていて、たった千年程度前の地震の記録すら有効に生かせなかった人類が、万年先の未来に対して「安全」を語るという愚を犯している。



地層処分は安全だという、その想定に穴は無いのか?穴が無いと言えるほど人類は賢くなっているのだろうか?もしも穴があった場合にはどうするのだろうか?その対策は見当たらない。

文化レベルが違う場合に備えて、宗教的な言い伝えで危険地域に入らないように警告するとか、モニュメントで記録が残るようにするといった研究まで行われているが、

はるか昔の津波の記録として残されたモニュメントがいくつもある。

その石碑には「これより下に家を建てるな」とハッキリ読める字で書いてある。

その石碑が造られたのは1000年も昔ではない。ほんの数十年前の石碑だが、現在その石碑よりも低い位置に多くの住宅が立てられていて、今回の津波で壊滅的な被害をうけている。



人間の限界を想定の範囲に入れずに開発を推し進めるというのは、その時点で想定のやり方を間違った愚行であり、その愚行そのものが人間がたいして賢くもないという事実を見せつけてくれている。

先日、深夜の番組で、宋文洲氏が「壊れないことを前提にしているのは危険だ」と発言したところに、多くのコメンテーターが「いや、絶対に壊れないものを造らなくては駄目だ!」と噛み付いていたが、

壊れたときの事を考えていない事の恐ろしさを、事ここに至ってもまだ分からないような人々が、知的レベルが高いと判断されてああいう番組に招かれているという事に失望した。

想定を越えてしまうことを想定しないと意味が無いのだという事が分からないあたりに底の浅さが見える。宋文洲氏の言葉の中にある意味をまったく拾いあげることもなく進む議論のあまりの寒々しさに呆れて、私はさっさとテレビを消して眠ることにした。

地層処分については、本末転倒の脅迫的な文句でマトモな議論が出来ないように固めておいて話を進めるから嫌になる。それは何かというと、

「現実に、もう高レベル放射性廃棄物があるのだから、なんとかしなくてはならない。」

そういう危険なものが出るのが分かっていて、対策も出来ていないうちから実運用を始めた事については「だってやっちゃったんだもん仕方ないじゃない。」で済ませていいのか?って話だ。

仕方ないからなんとかしなくちゃならない。それはその通りだが、それとこれとは話が別なのだ。

地層処分しか無いような状況に追い込んでおいて、これしか無いからやるんだなんてやり方がこれから先もずっと通用するんだったら、なんだって出来るって事になるから怖いんだよ。

そういう風になし崩しにめちゃくちゃをやるのが人間の愚かで意地汚くて危険な性質なんだから、それを野放しにしておいたら、人間が人間を失うんだよ。


100万年というのは、海面下の土地が、山になる程の長い年月だという事をご存知だろうか?

100万年前には六甲山は海面の下。六甲山は970メートルあるのだから、100万年後には300メートル地下に埋めたものが地表から600メートル上にある可能性だってあると語る小出裕章氏。

8分経過のあたりをお聴きください。


100万年前から隆起してきた六甲山 (1)
http://www.kobe-c.ed.jp/shizen/strata/equake/mtrokko/index2.html


おそらく、推進派の人々は地質調査をするから大丈夫だというのだろう。

浜岡原発をあの場所につくった程度の地質調査を信頼出来るとい理屈をそれ以前に説明していただきたいものだが。
posted by 本気らいふ at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

たったひとつだけでいい。原子力推進派の方々に答えてほしいこと。

原子力発電について、モロモロを話し始めればキリがないので、ひとつだけ、おそらくこの質問一つに明確に安全であると答えてもらえれば、他の技術的問題も解決するし何の不安も無くなるので、答えて欲しい。

が、常にマトモな答が返ってこないので、全く期待していない。

放射性廃棄物の処理の事だが、この処理について大きな疑問がある。

毎回毎回さらっと恐ろしいことを言ってくれるのだが、良く考えてもらいたい。聞く方もこれがどれだけ大変なことなのかを良く想像してみてもらいたい。

現在、地層処分とか言って高レベル放射性廃棄物を300メートルを越える地下に埋めようという計画が進められている。モグラのマスコットなんか 使って恐怖心薄めながら、深い地層に埋めるから大丈夫とか言ってるが、都合の悪い情報は語られない。こちらのリンクを参照いただきたい。

http://www.geodispo.org/

最大の問題点は、万年単位の管理が必要となることだ。

人の管理が必要ない方法をと言うが、それはちょっと楽観的過ぎないだろうか?万年単位であれば地殻の変動は現在の科学水準のデータでは計り知れない変化を見せる可能性が大いにあるだろう。

何かが起きた時に対処するために、300メートル以上の地下に潜って作業しなくてはならないが、今回のようにほんの40年ほど前の想定が全くあてにならなかったように、100年先や千年先、1万年も先になれば人間の想定出来る範囲ではない。

その限界を無視して高レベル放射性廃棄物を生み出し続けて、将来の世代に重荷を背負わせるようなことをして良いものだろうか?

何度か書いている事だが、100年程度前の文書すら散逸して正確な情報を読み取ることは不可能になる。

古い原発の設計図が失われていて解体するのは手探りで行われている事実がある。

百年前に書かれた書物をスラスラと音読できる日本人はどのぐらいの割合で居るだろうか?私たちが今使っている言葉も100年もすれば古文になるのだ。

それが1000年先になれば、どこに何を埋めたのかすら正確に伝達されるとは思えない。

それに、何かが起きた時に、今と同じかそれ以上の経済状態をこの国が維持できている保証もないし、政治体制がどのように変化しているかも予測は不可能だ。

地層処分で必ず大丈夫だという論理的根拠は満足行くものではなく、想定外の危機が訪れた場合の対処法はどこにも用意されていない。

ほとんどファンタジーの話になっているのが、万年単位の情報伝達のために、立ち入るのが危険であることを後世に伝えるためには、象形文字のようなもの、シンボリックな建物などを残すなんて事を大真面目に議論している。

まるで神話の物語のようだが、それが現実的な方策として取り上げられるほどに不確実性の高いことなのだ。

こちらの文書はこれらの情報を将来にわたってどう伝えるのかの研究報告であるが、

“地層処分に関わる記録保存の研究”. (財)原子力環境整備促進・資金管理センター. 2011-2-2閲覧。
http://www.rwmc.or.jp/library/pdf/RWMC-TRJ-02001.pdf


このPDF書類の20ページ目(文書に打たれたページとしては10ページ目)に
「例えば、旧ユーゴスラビア地域を中心とする東欧の民族紛争と内戦では、短期間のうちに記録保存のシステムが失われてしまった例が報告されている」

といった実例に示されるとおり、記録保存というのはそれほど簡単な問題ではない。

さらに、将来世代が私たちと違う文化や言語を使い、理解力も違うとなると、
PDF書類の23ページ目(文書に打たれたページとしては13ページ目)
の最後の行にあるとおり、

「社会モデルCでは、高度な情報システム等を利用した記録の保存は期待できず、紙等の文書を宗教のような根強い社会制度体系に託すような方策を講 じる必要があるかも知れない。また、このような社会では、現代の言語が解読されなくなることも考えられる。したがって、マーカーやモニュメントの重要性が 大きく、将来の世代がメッセージを理解するために、心理的に警告や危険を感知できるようなシンボル等が有効と考えられる。」

なんと、宗教のようなものに託すなんてことまで出てくるのである。

ここまで考えている事自体は評価しよう。

だが、これが現実的な話だと言えるだろうか?私にはタチの悪いおとぎ話に思えてならない。

思考実験としては興味深い。小説のネタなら面白い。しかし、これは現代のみならず将来世代の人類、私たちの子孫の生活に関わる「現実の問題」なのだ。

こんなお伽話めいた話まで登場するようなモノよりも、宇宙空間から太陽光発電の電力をレーザーで地上に送り届ける計画のほうがよほど現実的だ。

スマートグリッドであちこちの小規模自然エネルギー発電のエネルギーをリアルタイムで適切に振り分ける方が現実的だ。

従来の発電方法(火力発電など)の発電効率を向上させるほうがよほど現実的だ。

高レベル放射性廃棄物の地層処理なら100年程度で人の手による管理からは離れると謳う人々にお訊きしたいが、その予算、百年先まで予約済みなのか?物価変動も考慮してあるのか?人員確保は出来ているのか?

イチャモンと思われるかも知れないが、お伽話を聞かされて、安全ですと言われる方がよほどイチャモンであると私は思っている。

この一点のみで、原子力の実運用は時期尚早であると断じる事ができるというのが私の立場だ。
posted by 本気らいふ at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

これほどの作業、酷い待遇。

今も現場ではこれほどの作業が行われている。

集中力、体力、気力が必要とされ、間違いは許されない。



現場で危険に立ち向かっている作業員の方々には心から感謝している。

しかし、ミスがあちこちで発生している事も確かだ。そして、そのミスの原因として私が指摘したいのは、東電が現場の作業環境を整えようとしない事。作業員が十分な働きを出来るように支援していないという事実だ。

事故から2ヶ月が経とうとしているこの時期になってやっと東電は以下の発表を行った。

弁当2食、シャワー設置も 東電が原発作業員の環境改善
2011.5.4 21:50


 東京電力は4日、過酷な作業が続いている福島第1原発の作業員の環境を改善するため、レトルト食品などの保存食が中心だった食事を昼、夕は弁当に変え、計240人が休める2段ベッドやシャワーも設置すると発表した。


驚くべきことに、今、日本が救われるかどうかの瀬戸際で戦っている作業員の方々に対して、2ヶ月もの間、保存食中心の食事を強いており、2段ベッドが今になって導入されるという事は、やはり以前映像でみたり、ツイッターでつぶやかれていた通り、ダンボールを敷いて寝るといった事が続いていたという事だ。

こんな作業環境では、二次災害三次災害が発生する可能性が高まる。

東電はここでも、何を優先するべきかを考えておらず、身内の作業員ですらないがしろにする人間系氏の姿勢を見せている。


 産業医も常駐して健康診断を受けられるようにする。こうした改善策を順次実施しながら、第1、第2両原発で約800人いる作業員が寝泊まりできるプレハブの仮設寮を建設し、6月下旬以降、使用を始めたいとしている。


産業医も常駐していないとは、一体どういう事だろうか?もう2ヶ月なのだ。
また、この記事には述べられていないが、内部被曝を測定出来る機械が東海村にいつでも貸し出せるように用意されていたのを、東電は問い合わせもせずに無策で作業員の健康を放置していた。


各地でデモが行われている。補償金か、原発止めろという主張ばかりのデモが目に付くが、作業員の作業環境改善を求める声を聞くことがなく、不思議で仕方ない。


以下の作業環境を知ってほしい。この酷い待遇が続いているようだと私が言うと、そういうデマを信じるななどと言われたものだ。一部では作業員たちは大金を貰っていて、豪勢に遊んでいるなどと言う者まで居たが、そっちの方がデマだ。

本店は今日も美味しい物を食べて、ふかふかのベッドで眠っている。

命の危険と隣合わせで、現場で戦う作業員の人たちは……

 第1原発ではこれまで、約200人の作業員が免震重要棟と呼ばれる建物で寝袋や毛布で寝泊まり。食事もレトルト食品やクラッカー、カップ麺などが中心だった。

 同原発の南約10キロにある第2原発の体育館が休憩所として使われているが、シャワーは使えず、湿ったペーパータオルで体を拭いていた。


こんな環境で働いているのだ。これは大問題だ。

きょう日、学校だってクーラ付きだ。


なぜ、本当に戦っている人、重要な仕事をしている人を大事にしないのだろう?


特攻隊しかり、命をかけて戦おうとする人の美しさにタダ乗りして、国民を窮地に陥れる輩はどこで何をしているか。

そう、削られても年収が2000万は下らないというのに、報酬削減に異を唱えるのに忙しく立ち回っているばかりだ。


さて、この現場の改善は、以下の報道がなされた事によって批判が高まったことで急に動き出した事だと言われる。

ひと通り動画を見ていただきたい。

青山氏の主張、自分の責任に対する考え方、現場の方の意気、一方で本店と政府の一部にある鼻持ちならない態度、

どちらがスジの通ったものであるかをよく見ていただきたい。

これが、「圧力」の実態だ。






細野補佐官が共同通信の記者に答えた一部始終は以下の通り。



福島第一原子力発電所で必死になって作業に取り組んでいる人々は、これほどに過酷な状況の中で戦ってくれている事、その献身に私たちは感謝し、応えるべきだ。

東電社員と見れば、見境なく嫌がらせをする輩も居ると聞く。

叩くべきは経営幹部であり、立場の弱い末端の社員を叩いても全く意味はない。

むしろ、末端の社員の皆さんと国民の心は近いところにある事が、福島第一原子力発電所の吉田所長の態度から分かることだろう。

作業員の皆さんが存分に働ける環境を用意して欲しいと東電に、国民が求めていこう。

「身内に過酷な状況を押し付ける企業が、私たち一般市民の事を思いやってくれるなんて信用できる筈がない!」

と訴えていこう。


国民が大きな関心を持っていることを、しっかりとその行動を監視しているということを、政府関係者に伝えよう。

そうしなければ、

また、この国の政府は、日本人を使い捨てる事で、どうしようも無くなるまで事を先送りにしてしまうだろう。
posted by 本気らいふ at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

情報隠蔽はこれからが本番か?

福島第一原子力発電所の事故について、由々しき情報隠蔽の準備が始まっているようだ。

貴重なインターネットメディア、IWJが会見場から締め出されるという
http://iwakamiyasumi.com/archives/8811

この動き、

きな臭い。


20キロ圏内に入れないようにする措置が、今更になって行われるのが奇妙だと思わないだろうか?

放射性物質が大量に漏れて危険だったのは、初期の頃であり、その時に出入りできたというのに、今になって規制される。

放射性物質から周辺住民を守るためだろうか?それならもっと初期の段階でやるべきだ。

むしろ、現地に入れる人間を選別することによって情報操作を行わねばならないような事態が発生しているか、もしくは今後発生する予定があるのではないだろうか?


もちろん、これは憶測に過ぎない、だが、情報をそのまま伝えようとするメディアを締め出そうとするタイミングが、区域の設定に関連しているとすれば、今後、実は非常に危険な事が予測されるという事になる。

本来なら、国民に対する情報公開がさらに必要とされるはずなのだが、ここでネットメディアを締めだすという事は、それ単体でも暴挙である。

広報課0335015890「原子力安全・ 保安院ERC広報班」に抗議しよう。

また、自分の地域から選出された国会議員にも連絡をしよう。

放っておくと、この国はどんどんおかしくなる。
posted by 本気らいふ at 05:05| Comment(1) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

ドイツの利己主義的な国民優先の方が

ドイツが原発廃止といっても、フランスから原子力の電力を買うんだろ?って批判するのがある。



今出来ない事と、出来る事がある。



ドイツはそのあたりの線引きを、ドイツ一国ってラインにも明確さを持ってるって事だと私は思ってる。



フランスから原子力の電力を買うってのは世界的な原子力反対には合致しないだろうが、ドイツがまず優先したのは、そんな世界レベルの事ではない、いきなり理想論をもってきてドイツを批判するのは適切とは言えないだろう。



つまり、ドイツは原子力を国内に置かない事を優先した。これは現実的な解と言える。



これは、原子力事故が自国内で起きた場合のリスクを想定したものであって、単純な感情的な原子力反対ってのとはワケが違う。



地続きに多くの国と接していて、しかも100年戦争やったなんて悲劇も経験しているヨーロッパの現実感覚は、島国の感覚では分からないのかも知れないが、



国家間の賠償請求のリスクまでを総合して考えた場合に、国内には原子力を置かないという判断が活きてくるという計算ぐらいはしていると考えるべきだ。



そこまでを総合して、国民がそこにある程度の安心感を持って留まれる「国」という器を守る事を考えたという事だ。



また、原子力のリスクが大きく意識されるとなれば、原子力発電のコストは上昇する。賠償請求リスクを料金に上乗せせざるを得なくなる可能性を考えると、積極的に自然エネルギー開発などを推し進める事で、次世代ではエネルギー分野で覇権を握れるかも知れない。



それまでの時間稼ぎとしてフランスから電力を買うってアイデアはそれほど悪いものだろうか?



国家が第一に考えるべきは、自国民であり、国そのものの維持だ。



世界の原子力を廃絶するためにドイツが動いているのではない、世界のどの国も、そんな世界レベルの事で動いているのではない。というか、世界がそんなに簡単に動くものか、ヨーロッパがまとまるのに何年かかった?この小さな日本って島国だって戦国時代が何年続いた?



ドイツの動きは、国家戦略であり国のデザインなのであって、フランスから原子力の電力を買って、自国には原発を置かないというのはドイツの選択としてアリというだけの事だ。



日本は外国からの賠償請求の可能性や、今後の原子力業界の世界的な変化に対する戦略的な分析を行っているのだろうか?



国としてのエゴ(自国を優先する)という事がドイツは出来ている分マシだと私は思う。



日本はそういう明確なエゴによって自身を守るという事に無頓着になる部分がある。特に危機的な状況下ではそれが顕著になるように思われるがどうか?



これは国家戦略の在り方の違いであって、ドイツの行動を取り上げて、原発反対に意味が無いなどといった言説に繋いでしまうのは意味が無い。



このところ、むしろ反原発を批判する側の脊髄反射的感情論が目立ち始めているのが気になる。
posted by 本気らいふ at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

支援も中央集権型ではなくインターネット型で

支援物資が本当に必要としている人々のところになかなか届かないという事が長く続いている。



必要なものが必要なところに届かず、例えば、人工透析機のない病院に人工透析の為の薬剤が届いたりする。



どこで何が必要とされているのかが把握出来ず、配送にもミスが多く、処理に時間がかかりすぎ、許可だの申請だので混乱する。



これらの問題を見るに、硬直化した中央集権型のシステムは、人をもはや救えないと思う。



行政が調整するとして、一箇所に集められた支援物資が、末端へ届けられないのは中央からの指示がなければ動けないという構造の弊害だ。



一見、無駄なく配分するためには中央集権型が良いように思われるが、これは大きな誤解である。それはインターネットの時代になってからの通信技術の効率化や柔軟性の拡大を見ればよくわかる。



誰も発案している様子が無いのが不思議なのだが、なぜ、インターネット型の支援体制でやってみようという動きがないのだろう?



民間の企業では、既に在庫調整のシステムは極限と言えるほどにまで進歩している。



  • どこの拠点で何が必要とされていて、それをどこから調達すれば良いのか、
  • どのお客が何をいくつ必要としていて、それを最速で届けるにはどうすれば良いか、

アマゾンでも、楽天でも、ヤフーでも、Googleでも、こんなことは既に行っている事業の中でノウハウを蓄積しているはずで、すでにあるサービスをカスタマイズすれば実現不可能なものではないだろう。



簡単だとは言わないが、これほどの大災害に際して技術魂に火がつけば、数週間もあれば出来ない事ではないと思われるがどうだろうか?



行政が途中で留置にしてしまうようなシステムになっているのであれば、直接のやり取りを実現するインターネット型のサービスを応用した方が、末端で必要としている人々に必要とする物資を届けることが出来るはずだ。



支援を求める人と、支援しようとする人を結びつけるシステムは、これを
売りたい人と買いたい人を結びつけるシステムに類似していると考えれば、ヤフオクのシステムの応用で実現可能ではないか?



大量に留め置かれてしまっている物資なんぞは、アマゾンの倉庫とその流通管理のシステムを応用すれば、ずっと効率よく管理出来て配給も最適化されるだろう。



また、そうした支援活動の過程で集められたデータは、次の災害の時には非常に貴重なデータとなり、多くの人を救うことが出来るだろう。それを世界中の政府に販売してもいいぐらいの価値があると思う。



避難所への直接の支援をIT技術で実現することは難しい事ではない筈だ。従来のシステムを少し変更するだけで出来る筈だ。



なのに、なぜどこもやらないのだろうか?



思いつかないのだとしたらお粗末に過ぎる。そのような支援を行った企業は知名度やブランド力、信頼を勝ち取ることが出来る。その価値を低く見積もるような企業では情けない。



それとも、何か訴訟リスクなどを気にしているのだろうか?だとしたら事なかれのチャレンジ精神の無い企業という事であり、もう停滞する未来が見えている。





また、行政や政府の側も、こうしたインターネット型のシステムを自らの中に取り入れなくてはならない。



中央集権型の考え方ではこれからの社会は成り立っていかない。



コンピュータの世界で中央集権システムからインターネットシステムに変わっていく時にどんな事が起きたのか、それを端的に言うと、



「効率的に資源を使おうと無駄を無くしミスを無くす発想の中央集権システム」

に対して
「非効率的でムダで不確実に見えるインターネットがトータルで益をもたらした」



という変化だ。



これはものすごく乱暴に言ってる事なので、そのまま正しいという風に思って欲しくはないが、だが、本質的なところで、ミスやエラーを許容し、フォ
ローする仕組みを持つシステム
が、末端と末端が繋がり合うシステムが、其れまでにない価値を生み出し爆発的なネットワークの拡大を生み出した事は事実だ。



インターネット的なシステムは既に電力の世界にも進出している。それはスマートグリッドというシステムであり、これは今や個人がブログやツイッターで直接情報を発信できるように、個人が発電した電力を電力会社と同じように送電できるという意味を持つ。



今までは小さすぎて意味のなかった小規模の発電が、インターネット的な配分を行うことで、足りないところへ多すぎるところから送電を柔軟に行う事ができるようになり、大きな意味を持つようになる。



それは社会のあらゆる場面で応用できることだ。



災害の支援には実はインターネット的なやり方の方が適合しているはずなのだ。なにしろ災害に強いネットワークという性質をもっているのがインターネットだからである。



そうであれば、災害支援にインターネット的な考え方をどんどん持ち込んでいけば、新しい災害支援の在り方が見えてくるに違いない。



今までの企業経営、収益構造を超えるものが、それに挑んだ企業にもたらされるだろう。


今までの政治、行政を超えるものが、それに挑んだ自治体や政治家にもたらされるだろう。






出来ない理由は分かる。分かりきっている。出来ない理由を述べ始めれば2時間では足りないだろう。



しかし、一方で、出来るのだ。



しかも、おそらくは日本という国が世界で一番「できない理由」を撥ね返して「出来る」可能性を持っている国なのだ。



その可能性を信じて力をつくす事によって、日本は世界に、人間の希望を示すことすら出来る。



アマゾン、楽天、ヤフー、Google、その他にも、和民だってローソンだってヤマトだって、そういう事を実現するノウハウや技術の一端を担うことの出来る企業のはずだ。



そういう提案は無いのだろうか?意見を送る事で社会は動くのではないだろうか?
posted by 本気らいふ at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

東京消防庁の会見〜仕事が出来るとはこういう事です。

本日午後10時半頃から行われた、東京消防庁記者会見は素晴らしい物だった。

というか、こういう報告が出来なくては仕事が出来ているとは言えない。

こちらからYoutubeで見ることが出来るので、ぜひご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=6Vad16Rlx8U

東電や原子力安全保安院、官邸はこれを見て自分たちに何が足りないのかをよく考えてもらいたい。


東京消防庁の会見内容は、記者たちのみならず、国民なら誰でもが疑問に思うであろう事を全て説明しており、質問の余地が無い。豊富な写真を用意し、専門用語と共にそれが何を意味するのかもスマートにおりまぜて解説している。

どのような事が話し合われ、いつ、どこで、どんな対策を練り、想定外の事態に対しても検討を重ねて解決策を見出し、いざ、作業が開始されれば驚くべき実行力で課題をクリアする。

誰もが納得出来るだけの想定、訓練、再検討が行われた事が分かり、時間がかかった理由も、放水によってどのような成果が出ているのかも、隊員の被曝量やその測定の妥当性も、全てが説明されていると言っていい。

仕事の報告というものはこうでなくてはならない。特にこのような非常時に、相手の不安を増大させるような説明をするのは、仕事が分かっていない人のやることだ。

そして、こういう報告が出来る人というのは、仕事も迅速であり丁寧で美しい。途中でトラブルがあっても、それを乗り越える方法を探し、必ず成果を出してくれるものだ。

根性や精神論の通用しない仕事の現実を知っている人の凄さがこれだ。

頭だけで考えていると、ここが甘くなる。

緻密に考え、的確な判断を下し、不安や不透明な点は明らかにし、あらゆる事態を想定してバックアッププランを考え、現場に飛び込む勇気以上に、間違えれば撤退する勇気もある。

そういう事は、自分の存在全部で考えることが出来て、初めて可能になる。

消防は人智を超えた炎との戦いの場所であり、ほんの少しの甘えや緩みが即自分の死、仲間の死に繋がる厳しい世界だ。

だからこそ、そういった全脳思考どころか全身思考が可能になるんだなーんて言い出す人もいるんだけどね、違うの。

確かにそういう思考の人しか生き残れない職場だけどね、それ以外の場面でも、こうした全身思考ってのは適用できるし、そうであれば非常に良い仕事が出来るのね。

極限にならなくたって、極限の経験がなくたって、ちゃんと仕事は出来るんだよ。やろうと思えばね。

だから、カッコイイ素晴らしいってだけじゃなくて、彼らのような仕事を自分の現場でやるって事はどういう事なのかって考えてみたらどうだろう?で試行錯誤してみたらどうだろうって思うんだよ。

東電だって電源回復に必死にかけずり回った現場の人たちは、トラブルが続発する原発をなんとかコントロールしようと踏ん張ってきた人たちは、やっぱり彼らのように仕事していると思う。

いい仕事をする人を見て、私はとても気持ちが楽になった。

希望が持てた。


冒頭に紹介したyoutubeの中にその場面がないのだが、

(追記)こちらにその場面あります、4分50秒ぐらいのところを御覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=ZT28xIGzfHw

冨岡豊彦隊長が、
「一番大変だったことはなんですか?」
との記者からの質問に、

「大変だったのはですね……」

しばし無言で、口の端を震わせながら目に涙をためて、

「隊員ですね。」

と答えたあの場面に真のリーダーシップを見た。

あんな隊長だったら、どんな危険な現場でどんな危険な命令でも俺はついていけるよ。

政治の世界に、ああいうリーダーが欲しい。

被曝覚悟の350メートル 消防隊見守る妻「日本の救世主に」
posted by 本気らいふ at 03:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生を高める仕事術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

女子供は逃がす!

いい事言ってる。ごもっともなんだが、公に言うのはあまりなぁ。

それに、逃げ始める人もいるけど、ほとんど逃げてないからね。私の海外生活での経験から言うと、このレベルだったらとっくにパニックになって逃げ出す人でごった返してるぐらいでも不思議ではないのに、この落ち着きようはたいしたものだ。

ラモス瑠偉氏が東京都民に喝「逃げてどうする、買い占めてどうなるんだよ!」。
元サッカー選手で、現在はビーチサッカー日本代表監督を務めるラモス瑠偉氏が、生活物資の買い占めや東京からの脱出を図る人たちに「もう一度冷静になれよ!」と喝を入れている。  

買い占めは、絶対にアホだと思う。ただ、逃げるのをどうこう言うのはどうかと思う。

すくなくとも、この時点で女と子供は逃がしてもおかしくは無いと思う。それなりに成人して社会に出てる男はさ、留まってもいいし、逃げた先での女子供を守るために一緒に逃げてもいいし、それは場合によるさ。

女子供を逃がすために、俺はまだ東京に留まってるようなもんでね、本格的に逃げなきゃならん事態になったら困るんで、逃げられるなら逃げてもいいんじゃない?って言う。

俺の気にしてる女子供はね、一部逃げてる。

ほとんど放射性物質とかの心配は無いだろうってのは分かってるよ。だけどね、万が一が立て続けに起きた今回の大災害。原発事故だって万が一が絶対にないとは言い切れない。

取り返しが付かないことについては、備えておいていい。

だから、女子供は逃がす。逃げられない事情があるなら、その事情が片付くまで側に居て、逃げるのが難しい状況になっちまったら逃がすのにチカラ使うよ。

女子供を置いて逃げ出すんでなけりゃ、いいんじゃないかなと俺は思う。男なんて生まれたら後は死ぬだけみたいなところあるんだし。

それと、遠い場所の同胞に対する想いってのも大事だけど、それ以上に、自分の手の届く範囲、目の届く範囲の大切な人たちを守るのが優先だ。

今回、逃げ出した外国人の人たちのうちのほとんどは、きっと日本に残していく友達の事を想って心を痛めているんだろうと思う。だけど、故郷の両親に頼むから帰ってきてくれとか言われたら、帰らないわけにはいかないだろう。

それを、「帰りたい外人なんか さっさと帰れ!」なんて突き放しちゃうのはちょっとね、感情的すぎると思う。彼らにこの状況下で残れなんて俺は言えない。

だって、彼らが不安を感じざるを得ないような対応を日本政府はやってしまったのだし、彼らの祖国が安心出来るだけの信用をこの国は提供できなかった。だから各国大使館が日本からの脱出を勧めたりするんであって、それはね、日本人の責任範囲ではないかい?

そうでなくたって、これほどの地震国で、戦後最大の国難と言えるほどの地震が起きたのだから、外国人にとっては、それだけでも十分逃げ出すに値することだよ。

なんだか、残った俺達だけでとか言ってるのも、ちょっとね、そういう排他的なやり方ってどうなんだろう?

今回、日本から出て帰国してしまった外国人たちだって、きっと彼らの祖国から、なんとか日本に手を差しのべる方法はないかと考えてくれると思うんだよ、その気持をね、怒りに任せて撥ねつけてるようなのって、自分自身を奮い立たせるにはいいだろうけど、外部からの助けを得にくくしてしまうと思うんだ。

こういう感じで、外部に仮想敵を作ることで団結力をつくるってな集団の作り方が俺は好きじゃ無い。そんな事で集まる集団ってのは、なんだろうなぁ、集まったのではなくて、隔絶されることによって作られた感じがするから、チカラの広がりが無いと思う。

ま、ほとんどの組織とか集団ってのはそういう仕組で出来るってのも知ってるんで、だから俺は仲間集めとか人を探すとかあまり得意じゃないんだ。

もう15年ほど前になるけど、集団つくって組織にした時があったけど、あれは自分独りでもやると決めていて、そこに組織がそれぞれ一人一人が集ったカタチで出来て、最終的には自分独りで終わらせたから、良かったんだと思う。組織に個々人が飲まれるような事が無かったのが一番良かった点だったと思う。

あーっと話がズレてきたな。

なんかこう、こういう事を言い放ってしまえるラモスさんはカッコイイと思うよ。俺だってそうだそうだ!って思う部分はある。だけど、そんな単純じゃないよね。

で、公に発言力も影響力もある人が、こういうカッコイイだけの事を言ってしまうのは、俺はちょっとどうなんだろうって思うだけなんだ。

ただ、

「残った俺達日本人でもう一度立てなおそうよ! 生き残ってる俺達が犠牲になった人達の分まで頑張らなかったら 魂だって安らかに神様の所まで行かれなくなっちゃうよ」

ってのには完全に同意。そのとおりだよね。

posted by 本気らいふ at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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