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2008年09月09日

天は人を選ぶ

この世はなんと不公平なのだろう。

見回してみれば、不正を働くような人間、卑怯な人間ほど楽な環境に居るように思える。

それらの歪みが極限に至って、大問題に発展すると、楽をして来た人間は退場し、どこかに隠れてしまって、難しい舵取りを強いられるのはマトモな人だったりする。

なんでこういうマトモな人が、こんな役を押し付けられちゃうんだろうかと、そう思わなくもないんだけど、

どうやら天は人を選ぶらしい。

問題を解決出来る器量のある人間を選ぶらしい。

未来を切り開いて行くには、ダメ人間に罰を与えるなんて下らない事をやっている暇は無いらしく、有能な人間に問題解決の試練を与える。

まぁ、そこで試練に押しつぶされちゃう人間も出たりするんだけど、それはこの世的な損得の価値観によって、本当の能力が発揮出来なくなってしまった結果だったりする。

基本的には乗り越えられない試練は与えないっぽい。

まぁ、潰れたら潰れたで、別の有能な人間を割り当てるという、人間の視点で見れば情け容赦のない厳しさで天は迫ってくるんだけれど。

選ばれたら、それは仕方ないので、有難くその試練を頂く事にすると、損得の価値観ではないところで開く世界がある。


罰を与えるとか裁くなんてのは、天の仕事じゃなくて人間の仕事なので、そういうものは天に期待しても仕方ない。

むしろ、この世的には損な役回りばかり来るってのが、天に目をかけられている人間の宿命だったりする。

天命を受けない人間の人生ってのは楽だ。

何一つこの世で為すべき事を与えられないのだから当然だ。


まぁ、だからって、天命に応えたとこで何が貰えるってワケでもないから、報われたいと思うときは、天に従わず、人に従えば良い。

そういう道を選んでも、罰を与えるなんて暇な事は天はやんないから。
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2008年08月23日

景気後退は分かりきった事。

景気後退が話題になっている。

アメリカもヨーロッパも、さらには新興国の経済も減速しているというニュースが伝えられている。

何を慌てているのか……

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posted by 本気らいふ at 16:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月09日

見せる為の夢、語る為の夢

本当の夢は、

誰かに見せびらかす為のものではない。

誰かに語る為のものではない。


本当の夢は、

特別かっこいいものではない。

他人に理解してもらえるようなものでもない。


本当の夢は、

自分以外の人にとっては、とるに足らないものかもしれない。


それでも、自分はその大切さを知っていて、

叶えたいと思うもの。

それが夢。
posted by 本気らいふ at 04:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

なぜ、昔は教えて貰えなかったノウハウが、こんなに安く売られているのか?

ノウハウ本で、

「これは、以前なら数十万の契約でコンサルティングしていた内容です。」

という煽り文句とも取れる口上が入った前書きが多い。


これ、実は別に煽り文句でもなんでもなく、本当の事である事が多い。

嘘でしょうと思う方は、それらの本に書かれている事に1つ残らず手をつけて、効果が出るまで何度かやり直しをしながら真剣に取り組んでみて頂きたい。

よほど酷い商品を扱っていない限りは、売上が上がる。



そんな何十万もするようなノウハウを、どうしてたった1000円程度の本に書いてしまうのかといぶかしく思われる方が多いだろう。

これには理由がある。



昔はこうしたノウハウは秘密だった。秘密にしておかなくては、すぐに他の誰かに実行され、競争相手が増えてしまう事が確実だったからだ。

そうした緊張感が、現代の日本には無い。

実のところ、そうしたノウハウ本を買う人のほとんどが、本を読んで

「へー」

と言っているだけだからだ。

本に書かれた事を残らず実行し、自分にとっての脅威になるような成長を見せる人間は驚く程少ない。

例えて言えば、

腕が良いと評判の仕立て職人が愛用している特別なハサミがあるとしよう。

このハサミを手に入れて使いこなす人間が増えると、彼は困るから、このハサミを誰にも渡さない……と思いきや、90年代の後半から、彼はこのハサミをものすごい勢いで売り始める。

なぜか?

ある時、彼は気付いてしまったのだ。

自分以外の人間がそのハサミを手にしても、ほとんどの人間は眺めて「へー」と言うだけだという事を。

ごく少数が、そのハサミを実際に使おうとするが、普通のハサミと同じ使い方しか出来ず、性能を活かしきれない事を。

そして、その性能を活かしきれるようになるまで自分自身を訓練するような人間は、ほとんど居ないのだという事を。

だから安心して彼はハサミを売る事にした。

彼の仕立てるスーツが素晴らしかったので、そのハサミも素晴らしい道具だというブランドイメージで売れた。

その多くは、別に仕立て職人でもない、単に趣味で購入しただけの人の手元で「普通のハサミ」として死蔵されている。

と、まぁ、こういう事なのだ。



凄いノウハウがとんでもなく安く公開されていて、もう十分というぐらい沢山公開されていて、なのに、多くの人はこう言う。

「もっと楽して儲けられる方法はどこかに無いだろうか?」

どこに問題があるのか、言うまでもない事だろう。

そして、自信を持って言えるのだが、

このエントリも大方の人にとっては

「へー」

で終わってしまうモノなのである。
posted by 本気らいふ at 03:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

褒められる為の仕事に価値は無し。

褒めてその気にさせると言う事が、必須のテクニックとしてもてはやされるようになって何年経つだろう?

学校でも、先生が生徒をのせる事を要求されるというのだから、お笑いだ。

褒めるなとは言わない。

価値ある仕事、行動を評価し褒めるという事は大切だ。だが、それは評価の確認を第一にしていなくてはならない。

褒める為に、本来なら叱るべき時に、無理矢理ねじ曲げて褒めるなどといった事が行われれば、混乱が生じる。


また、褒めなければ動かないという育て方をしてしまってはならない。

褒められるというご褒美が欲しくて行動するという癖をつけてしまうと、本質を捉えずに目先で褒められる行動ばかりするようになる。


褒めるという事に、過大な期待は禁物である。

褒めて育てるという事がもてはやされた時に、そうした耳障りが良いだけの「ノウハウ」に疑問を感じなくてはならなかったのだ。

正確には、

「褒める=叱る」なのである。

関心を持って、正しく見て、正しく評価し、それを正しく表現するという事が本当に為すべき事だったのだ。

ところが、「褒めるノウハウ」を商売人は大々的に売り始めた。

なぜ「褒める」が売れたのか。

そこには脆弱な大人達の精神につけ込む戦略があった。

つまり、上の立場の人間にとって楽なのは「褒める」事だからだ。


部下や子供を「叱る」為には、自分が嫌われるというリスクを引き受ける覚悟が必要である。

「自分が嫌われてでも、叱るべき時には叱る」これは、深い愛情がなくては出来ない事だ。

故に、「褒める」が流行すればするほど、人の繋がりは希薄に感じられるようになってしまった。


子供に嫌われたくない親。

生徒に嫌われたくない先生。

部下に嫌われたくない上司。


それ故に「褒める」が蔓延するという愚かさに、もうそろそろ気付いて頂きたいものだが……。
posted by 本気らいふ at 03:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月02日

人を動かさない

「人を動かす」という名著がある。


アメリカでは成功したい若者が一度は読むと言われていて、実際にあちらの大学の図書館で見つけたら、ぼろぼろの上に図書カードがほとんど間をあけずに名前で埋まっていた。

その後、「成功」というキーワードには「人を動かす」が絡む事になる。

その手のセミナーでも、出会った人との話題でも、人を動かす事の重要性が語られ、それはそれで納得していたのだけれど、ある時、ふと気付いた。

「人を動かす」のを学ぶというより、「人に動かされる」だけになっているんじゃないか?


さらに、何の目的で人を動かそうとしているのか……そこを考えると、人を動かす事は必須なんだろうか?という疑問が湧いて来た。


それに、改めて考えてみたら、既に「人は動いてくれている」のだった。

将来何者になるかも分からない段階の自分を相手に、本気で怒ってくれた人とかね。いくらでも居るんだよ。


人を動かそうという意図を持って、私を操作しようとする人が大勢寄って来る時期があった。

そういうのは人を動かしているうちに入らない。

途中でそういう付き合いにウンザリしてしまった。

ウンザリされるような人たちだけが、そうした集団に残っている。


なので、「人を動かさない」ことにした。というか、人を動かすなんて事は考えないようになった。

ところが、そうするようになって、こっちの方が深い所で名著である「人を動かす」に通じてるんじゃないかと思うようになった。


人なんて別に動かす必要は無い。

むしろ、自分の思惑通りに人が動いてくれない事は幸いでもある。

自分の思惑に振り回されているときの人間は、大抵が間違いの中に居る。

そんな時に、みんなが自分の思惑通りに動いてくれると、これは大けがをする。


それよりも、無理無く、なんとなく、自分が誰かの手助けをしたくなるとか、誰かが助けてくれるとか、そういう事が大事。

その時の感覚は、「ふわり」って感じだ。
posted by 本気らいふ at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

「やりたい事だけ」にこだわると、大失敗する。

明確な目標があり、その為に膨大な量の仕事を大量に片付けなくてはならないという人は、ごくわずかしか居ない。

ほとんどの人は、実は暇を持て余しているのだ。

ところが、自分のやりたい事は、あって当然の物だと勘違いしている人が増えて来た。

自分のやりたい事がある筈なので、他の事をやっている暇は無い筈。

ところが、実際には何をやったら良いのか分からない。

でも、自分のやりたい事以外をやると、ありもしない「自分のやりたい事」の為の時間を奪われるような気がして、何も出来ない。

結局は、暇を持て余しているだけに終わる。


まず、自分にはまだ「やりたい事」なんて無いという事を認める事から始めなくてはならない。

まだ無いのだから、「やりたい事」以外の事にもどんどん手を出すべきである。

やりたい事が無い内は、どうせ暇なのだから、身近な誰かに喜ばれるような、当たり前の仕事を引き受けてしまえば良いのである。

上手く行けば感謝されるし、収入も得られる。

自分の知らなかった仕事を通して、新しい可能性を発見出来るかもしれない。

来るべき「やりたい事が見つかる日」の為に、最も有効な方法は、周りの人に喜ばれる仕事を、何でも良いからやる事だ。

機嫌良く、笑顔で、人に喜ばれる仕事を工夫しておれば、必ず楽しい事がやって来る。そして、そういう人間にしか「やりたい事」は与えられない。

不機嫌な顔をして、ただ暇を持て余し、今日も何も出来ない一日だったと落ち込むような毎日を過ごしている人間が、一体どうして「やりたい事」なんて贅沢なものに巡り会えるだろう?


とにかく、手を動かす事だ。

頭だけを使っていると、脳は「悩む為の器官」に成り下がる。

手足を動かした上で頭も使うと、やっと脳は「クリエイトする器官」になるのである。
posted by 本気らいふ at 03:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月29日

お金に関するムダな習慣と迷信

お金そのものを好きになると、お金持ちになるという、変な迷信がある。

金持ちはお札の匂いが好きだとか、お金の図柄を良く知っているとか、そういう言葉で巧みに素人の関心を集める輩がもてはやされた時期があった。

やれ、札の方向は揃えると良いとか、いやいや、それでは整列して出て行ってしまうから互い違いにすると良いとか、バカバカしい迷信のオンパレードで、実行している人の中で本当に金持ちになった人が居たかと言えば、今でも儲け話をつまみ食いしているような人がほとんどだ。

で、本物のお金持ちがどうしているのか、観察してみた。

特別札束の匂いや図柄を好むワケでもなく、札の揃え方も合理的にしているだけで、お札に霊魂が入っているかのような考え方はしていない。確かに貧乏人よりは財布の中が整頓されているし、お金の扱いも丁寧だが、それはお金に限らず、あらゆるものに対して丁寧だっただけだ。

お金そのものが単に好きだと言うだけでお金持ちになれるのなら、世界の億万長者は例外無くコインや紙幣のコレクターであるはずだが、そんな事は無い。


ことさらにお金を嫌う必要はないのだが、だからといって好きになる必要も無い。というか、道具を好きになる必要があるだろうか?

道具に対する「好き」は、人間に対する「好き」とは別物で、つまりは手に馴染むとか使いやすいという意味に過ぎない。

それを、「お金とお友達になる」なんてレトリックとしても少々行き過ぎの表現で、信仰じみたものに変換して人気を博した人が大勢居た。

確かに彼らは大金持ちになっている。なぜなら、金を好きになれば金に好かれるというおとぎ話を販売しているのだから。

支払う側にとって、エンターテイメントとして楽しむ以上のものはそこには無い。


胡散臭いのは、これらを実用の技術といった体裁で売り込んでいる所だ。

現実にやってみて頂ければ分かるが、何の効果もない。

それよりも、地道に家計簿をつけた方がよっぽど効果がある。

本当の意味でお金という道具を「好き」だというのなら、家計簿をつける方が絶対に楽しいはずだ。

そういう本当の意味でお金を「好き」になれば、確かにお金は手元に残りやすくなるだろうが、気分だけの変な宗教のような話が溢れすぎている。


もっと本質を捉えるべきだろう。

一体お金とは何なのか、どういう特性をもっていて、それはどこから来るのか、その起源は何か、今起きている経済の問題はどんな仕組みで発生しているのか、etc……。

そういう事を知る事こそが、本当の意味でお金を引き寄せる「好き」なのだ。


恋愛に当てはめれば、幼いおとぎ話レベルで恋している時というのは、相手の容姿とか職業とか、そういう表面しか見ていない。

本当に好きになると、相手の何を知りたいと思い、何を観ようとするかが、変化して来る。相手の本質を知ろうとするようになるのだ。

そうやって初めて、深く繋がり、滅多な事では離れない関係となる。



このような擬人化した例え話だと、またしても「お金」に意志を勝手に詰め込んで宗教じみた解釈を助長する事になりかねないが、敢えてこうした例えを用いたのは、

本当の「お金」との関係を深く太くするなら、もっとお金の本質に目を向ける必要があるという事を伝えたいからだ。

本質に触れようとしない、迷信じみた底の浅い「お金」との付き合い方は、「おとぎ話ビジネス本部」への上納金になるだけで、本当の問題から目をそらす「気休め」の効果しかない。
posted by 本気らいふ at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

サラリーマンを毛嫌いする必要は無い。

隣の芝生は青く見えるもので、サラリーマンをやってる人の中には、サラリーマンをやってない人を羨む人も居る。

実際にサラリーマンと言う身分を捨ててみると、それはそれなりに面倒な事も多い。

私のサラリーマン生活は最初の会社が半年で潰れ、その後に入った通信大手で6年務めたので、6年半という事になる。

特にサラリーマンを目指した訳ではなく、どっちかと言えばベンチャーに憧れもあったので、勉強のつもりで就職した。

そんなワケだから、自分からあまり積極的に就職活動をするでもなく、ただ周囲の大人に恵まれて、まるで偶然みたいに大手通信会社に入社出来た。


さて、巷では「サラリーマンを辞める」事を推奨する本がいくつもある。

税制優遇を受けるにはサラリーマンでは不利だとか書いているものもあるが、相当稼げる人の場合であって、素人が気分で独立しても収入そのものが小さくなるだけで終わるだろう。

実際にはサラリーマンをやりながらでも十分に税制の優遇は受けられる……というか、ある意味最も優遇されているのはサラリーマンなんだし。

発想がサラリーマンだと大きな事が出来ないと説くものも見かけるけれど、発想を変える為だけに「サラリーマン」という身分を捨てるのは、リスクに見合わない。

だいたい、サラリーマンだからって理由で、サラリーマン視点に縛られてしまうような人間では、独立しても視野は狭くなりがちだから、サラリーマンを続けた方が良い。


むしろ、サラリーマンであるのなら、その立場の優位性を思い切り利用してみれば良いのにと思う。

サラリーマンとしてキャリアを始める事には大きな利点がある。

なかでも大きいのは「失敗が許される」という事だろう。

特に大企業に就職していれば、失敗のサイズがある程度大きくても大事にはならない。

独立していれば、失敗は全て自分にかかって来るからなかなか怖い。

最後には自己破産という合法的な救済はあるけれど、自己破産してから一定期間は様々な場面で制限がかかって来る。

サラリーマンであれば、最悪でも解雇で済む。大抵は左遷されるぐらいのもので、贅沢しなければ生活出来るし、住宅ローンだって組める。

だから、特に若いうちに失敗を恐れずに仕事をする為にもサラリーマンは良い選択なのだ。

残念なのは、たかが左遷程度のリスクを恐れて小さくまとまってしまうサラリーマンが多い事だ。

取り替えが利くと思われているのが嫌だという元気な若者こそ、失敗を恐れないサラリーマンをやって貰いたい。

自分が失敗しても代わりが居るという事の安心感は大きい。自分に信用も資本も無くても、会社が肩代わりしてくれるという事の大きさを若いうちに存分に感じておいた方が良い。

最悪でも解雇されるだけだ。自分の財産を差し押さえられるワケでもない。次のチャレンジにしたって就職活動するだけの事だ、しかも失業保険が貰える事だってある。

独立してたら、おいそれと失敗は出来ない。でも、冒険しなくちゃ大きく伸びる事も出来ない。その狭間で胃が痛くなる。


若いうちでないと起業出来ないと思い込む人も多いのだが、そんな事は無い。

「サラリーマンを経験して安定すると挑戦する気持ちが無くなるのではないか」

といった相談を受けた事があるが、安定したぐらいの事で無くなってしまう挑戦マインドなら、それは最初から無理だったという事だ。その程度の情熱しかないのなら、その情熱のサイズにあった生き方をした方が良い。

そういう自分自身の情熱を見極める上でも、大企業のサラリーマンに挑戦するのは正しい。

そもそもが、大企業に面接を受けに行くという事自体が、社会に初めて出て行く若者にとっては大きな冒険だろう。たかが面接に落ちたぐらいで凹んだりするぐらいにひ弱なんだという事を自覚する事も必要だ。


強者を自称するならば、名だたる経営者や資産家に

「自分の今後の人生に利率ゼロで投資してくれ!」

と、直談判にでも行ってみれば、もしかするといきなりでかい世界が広がるかもしれないが……。

そういう度胸が無いなら、やっぱ、就職活動あたりから「挑戦」というものになれて行くのが良いだろう。

人間は、自分が無理だと思う事は出来ない。

ちょっと頑張れば出来るを繰り返さないと、より大きな挑戦は出来ない生き物なのだから。
posted by 本気らいふ at 03:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

結果が全てでは無い

結果が全てという事、

これはやっぱり違うなと。

だって、何をどうしたって、

結果としては死ぬんだから、誰だって。


ただ、

その結果に至るまでの導き方というか、

それは違いになる。


もちろん、これは結果というものの幅を極端に狭くした話だけど、

つまり、結果という的の中心ばかり見つめるというのは、

何かもう、後が無いと言う繊細な張りつめたものがあって、

そうではなくて、なんとなくこの方向……って感じの、

なんかぼんやりとこう生きたいな〜ぐらいでいいんじゃないかと。


いっその事、徹底して結果なんてものとは無縁で生きてみる。

結果を意識するから、今、動けなくなるという事もあるんじゃない?
posted by 本気らいふ at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

つなぎ方で人生は変わる。

こんな馬鹿みたいな例えしか思いつかないけれど、

目の前に包丁があって、

いけ好かない奴に馬鹿にされたとして、

この二つの出来事の繋ぎ方で、

いけ好かない奴を刺し殺すという方に行く奴も居れば、

立派な料理人になって見返すという風になる奴も居る。


といった具合に、

同じ出来事を体験しても、それをどう繋ぎ合わせて行くかで人生は変わる。

自分の身の上に起きる、一見不運な出来事を、不運に確定してしまうのは、繋げ方の問題なんだ。


出来事は選べないだろう、人生には何が起きるか分からない。

だが、

その出来事をどう繋ぐのか、つなぎ方を選ぶ事は出来る。


取るに足らないと思っていた出来事が、

その時には不愉快だった経験こそが、

素晴らしい人生を開く、繋がりの要となる事もある。


その時々の出来事に、囚われすぎないように、

結論はまだ出ていない。

人生はそこで終わっていない。

だから、

全てが終わる最後の瞬間まで、

まるで夢中になって積み木遊びをする子供のように、

いろんな組み合わせ、つなぎ方、積み上げ方を、

試しては壊して、また試す。
posted by 本気らいふ at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

22カ国(訂正70カ国)で商売するiPhone。日本でしか使えないお財布機能。

訂正です。7月11日発売が22カ国でおこなわれ、全体としては70カ国で展開となります。失礼しました。

iPhoneにはお財布機能が無いから日本では不利だ。という意見があちこちで見られる。

だが、その先が無い。

お財布機能が無くて日本でだけ、極端にiPhoneが売れなければどうなるか、

それが意味するのは、もしかして、他の国でもお財布機能は受け入れられるかもしれないという発想だ。

そして、その発想を元にして世界規格のお財布機能を提案し、特許を取得し、決済システムを売り込むのは、日本の企業ではないかもしれない。

たとえ日本でiPhoneが売れなかったとしても、Appleにとってはたかが2270カ国のうちの1カ国で売れなかっただけの事で、マーケットは他にいくらでもある。

今後は人口が減少して、どうしたってマーケットが縮小する日本にこだわる必要は無い。日本で売れる商品だけ、日本で売れば良いだけの事だ。

だが、日本にとっては違う意味を持つ。

もしも、お財布機能がiPhoneのヒットを妨げる主因となるようなら、次のアクションは決まっているのだが、そういう動きは見えない。


果たして、日本はお財布機能を世界に売り込む事が出来るだろうか?そういう戦略を持って世界に打って出る事が出来るのだろうか?

iPhoneにはない機能で、日本の携帯が勝つとか言っていても、あちらは2270カ国で販売、こちらはその機能を世界に売り込めないのでは、ホームでしか勝てないサッカーチームみたいなものだ。
posted by 本気らいふ at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

大食いの世界を超えたアイドル

と言えば、ギャル曽根ちゃんに決まってるんだけど。

このところの彼女の扱いを見ていると、驚くべき事に、

「味」についてコメントする立場になってる。



私は昔っから大食いが嫌いだった。

ホットドッグの大食いをNYで見た時なんか、鼻水吹き出しながら、口にホットドッグを押し込んでいるのだ。(もちろんこれはギャル曽根ちゃんではない)

見ていて「美味しそう」と思う事も無ければ、ましてや「楽しそう」と思う事は絶対になかった。

ところが、ギャル曽根ちゃんは全然違う。

まず、スタートからして、

「いただきま〜す」

と笑顔。

食べている最中も、美味しそうな表情。

何よりも特筆するべきは、食べた後の食卓が奇麗である事だ。

彼女の食べ方を見ていると、その量や速度に驚くだけではなく、食べる事の喜び、そして、食べ物に対する感謝を感じる。


スピードや量で、とにかく勝てばいいという考え方では、結局長続きしないし、世界も広がらない。これはあらゆる分野で同じなのではないだろうか?

大食いに際して、食べ物を「屈服させる敵」として勝ちにこだわるのでは、大食い以前の「食べる」が崩壊している。

大食いだからこそ、それは「食べる」を最高に楽しんだ結果でなくてはならない。

プロスポーツでも、勝つ為だけ、稼ぐ為だけのプロスポーツなら、ファンは去って行くだろう。

商売でも、儲ける為なら何をしてもよいという商売人は、いつかその舞台を追われる結果となる。

目先の成果に目を奪われて、自分自身の依って立つ舞台をないがしろにするというのは、美しくないし不愉快だ。

ギャル曽根ちゃんが、「量」だけでなく、「味」を問われる立場になれたのは、大食いの舞台をささえる「食」全体への感謝の姿勢があったからだろう。

「大食い」と言えば、なんだか下品で食べ物を粗末にするイメージだったのだが、食べる事の大切さを感じさせてくれるキャラクターとしてギャル曽根ちゃん以上の存在が思いつかない。

この先は、食というものの本質である「命」についても、彼女の活躍の場が広がる事を期待したい。食う命、食われる命、そこにあるものを、今、彼女以上に伝える事の出来る人は居ないのではないかと思う。
posted by 本気らいふ at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

好きな事を仕事にして、仕事になるのか?

好きな事を仕事にしようという話がある。

少々極端ではあるが、以下の事を考えてみてほしい。

「人を裁くのが大好きだから裁判官になりたい。」

「人を殺すのが好きだから軍隊に行きたい。」

これで仕事になるのか?という事。


好き嫌いを優先する事は当然なのだろうか?という疑問。

好き嫌いを膨張させる事が人間らしいという事なのかという疑問。

好き嫌いで生きる事は、本当に幸せなのだろうか?


好きなのに報われない事もある。

好きだというだけでは仕事にならないという真実を、子供達から遠ざけていないだろうか?

好きなものだけを食べさせていたら、健康に育たない。

それと同じ事ではないだろうか?


裁判官なら、人を裁く事の重さを感じ続ける人でなくては仕事にならない。その重さに鈍感になるのではなく、むしろ仕事の中で、経験を通じて、日々その重さがますます増して行く、それに対して耐える力をますます付けて行く。そうでなくては良い仕事はできないだろう。

軍人が、国防という目的の為に人の命を奪うという事の理不尽を噛み締めていなくては、軍隊は「合法的国営殺人組織」になってしまうだろう。

好き嫌いの向こう側に、仕事から得られるものがある。

好き嫌いレベルに留まっていては見えないものがそこにある。


今や、好き嫌いで判断する事が、逆に本当の喜びを奪う事になっているのではないか?

第一印象で拒否してしまった世界は、本当に自分にとって不必要な世界だったのだろうか?

好き嫌いという判断基準を少し後回しにしてみる。

それだけで、世界はもっと広がる。
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2008年06月05日

これを最優先する人だけが成功している。

目標設定とか、イメージとか、セミナー参加とか、人脈作りとか、いろいろ成功の秘訣が語られるけれど。

本当に成功している人、それも成功し続けている人に、そういった場所でお目にかかる事はほぼ無い。

というのも、彼らは何よりも「行動」を最優先しているから。

既に成功してしまって、後進を育てたりって事に興味のある成功済みの人でもないかぎり、皆さん最優先は、現実的な行動。

目標設定の方法をセミナーなんかで教わったりしない。

彼らにしてみれば、自分の目標なんか3秒で設定して、1分でだいたいの段取りつけて、3分経ったらもう動き始めてる。

さらに、とにかく動いてみて変化の中から次の展開、次の目標を見つけていく場合も多い。


最高の目標を見つけてから動こうって、そうやって最短距離で夢の実現を目指そうなんて考える人が一番遠回りする。

タチが悪いのは、そうやって遠回りさせればさせるほど儲かる構造になっているのが、大抵の自己啓発セミナーの仕組みだ。


自己投資という名目で、大枚はたいて時間をかけてセミナーに出る人がいるけれど、自分の目の前の仕事をやるという行為以上にリターンの大きい自己投資は無いんだけどねぇ。

今、自分の目の前にある課題を解決する為の具体的な行動を、いまから3分以内に開始する。そういう事を最優先にする人だけが成功している。
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2008年05月31日

言葉のなかが空っぽ

言葉というのは容れ物で、

その中に、その言葉という方向でまとめたメッセージを入れる。


ところが、中に何も入っていなくても、

とりあえず言葉として投げておく事は出来る。

空っぽの容器を相手に送りつける事は出来るという事。


で、この容器の開け方なんだけど、

たとえ中身がちゃんと入っていても、開ける側が下手だと中身が取り出せない。


逆に、中身が空っぽなのに、そこから何か勝手に取り出してしまう奴も居る。


送る側が空っぽで送ったのに、都合良くありもしないものを取り出してくれる受取手の事を、「空気が読める人」と言ったりする。

こういうのは、全部たとえ話で書いた方が、ある意味分かりやすいか。
posted by 本気らいふ at 03:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

自分に合わない事をやる、自分に合う事をやる。

人には向き不向きがあるというのは当然なのだけど、ここ数年、私は不向きな事に挑戦して来た。

ある程度のところまではそれで苦手を克服出来る事は分かった。ただ、その先へどうしても行けない。

自分が充実感を得られる領域の一歩手前でどうしてもパフォーマンスが伸びないのだ。

石の上にも三年を1つの基準にしているので今までやって来たが、どうやら自分の特性に合った方向へ行くべき時が来たようだ。

まぁ、3年やってみたからこそ、自分の特性に合った方向だかどうだかが分かるようになったと言うべきかもしれない。

結局見えて来た自分の正体というのは、子供の頃から変わっていないらしい。三つ子の魂百までという事か。

一方で、自分が世間に見えるようにやっている事について、その内側は正反対の原理だったりするという事は、なかなか理解されない。

これは逆に考えると、人はその表に現れる行動とか成果から全てを判断出来ないという事でもある。当たり前の事だけど、ふと忘れてしまいそうになる事だ。

で正に戻して考えれば、だから、周りに理解されないように感じる事があってもそれは当たり前って……これも当然の事だけどね。
posted by 本気らいふ at 03:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月31日

金や力を持った後は、ハッキリしている奴と付き合おう

金とか力を持つと、それを目当てに寄ってくる人が増えてくる。

それが悪いとかって話しじゃなくて、そうなったら対応を変えないと面白くない事も起きるって事。

何かを目当てに寄ってくるんなら、何が目当てなのかをハッキリ表明してくれる奴の方がいい。

お互いに何を必要としているのかハッキリしていれば、一方が極端に不利になるような事は無い。

始末に負えないのは、何を目当てに寄ってくるのか見せない奴だ。

親切っぽい態度をとってみたり、恩を売るような事をしてくるんだが、何が欲しいのかを見せない。

こういう奴は、出した以上のものを相手から搾り取ろうと目論んでいる。

何を欲しがっているのか分からない相手の事をうっかり信じてしまったり好きになってしまうと、ついつい与えすぎてしまう。挙げ句に「そんなもの、欲しいなんて言った憶えないけど?」とか言われて、まんまと洗脳、操縦されてしまう。

欲しいものをハッキリさせない相手にはご用心。

「そんな事も分からないの?」とか「君には分かるよね」なんて言ってくる連中には、へらへら笑って「まあね」と答えておけばよろしい。

で、何もしなければ、そのうちしびれを切らして何か言ってくる。

「最初から言ってくれたら良かったのに〜、それ、やりたくないから他の人に頼んで。」

と、対処するのがベスト。


でも、突き詰めてみると、金も力もないうちから、こういうハッキリした奴との付き合いを深めている方が、いい感じになる。

見た目はドライなようでいて、実は密な関係になれるんだ、そういう奴の方が。
posted by 本気らいふ at 04:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月19日

数字は嘘をつかない。ただし、本当に現実化した数字に限る。

プランとしては、絶対的に有利な取引がある。

製品の性能も一般に言って上位10位には入る。

よその地域では数字が出ていて実績がある。

数字は嘘をつかない。この時点ではこの取引はかなり成功率が高いと言える。

が、ここで組む相手がどの程度の力を持っているのか、自分の能力との組み合わせが双方にシナジーを生むかという事はまだ分からない。


これはサラリーマンとして務めていても同じ事が言える。

よその営業所で数字が出ている。新しい営業所で数字が出るかと言えば、それは分からない。自分の能力がうまく周りとかみ合うかという問題はかなり大きい。

だが、やはり、ある程度の期間やってみないと分からない。このリスクを引き受けなければ、新しい世界に飛び込む事は出来ない。


私自身、こういった面で何度も失敗をくり返した。

1度目は自分の準備ができていなかった。自分の中に納得がないまま始めて、組んだ相手も素人だった。

2度目は取引の内容だけで選んだ。実績もあるビジネスだったが、その実績がどのようにして導き出されるのか、選んだパートナーは生身でアドバイス出来る立場になかった。

3度目は過去に実績を出した人と組む事が出来た。しかし、彼の持つ能力と私の持つ能力が噛み合わない。私には彼をどう活用すれば良いのか分からず、おそらくは彼にとっても私は得体の知れない相手だったのだろう。別方面での利益しか出す事ができず、お互いに期待したようなメリットを見いだせなかった。

4度目にして、やっと自分には無い能力を補完してくれるチームを見つけた。自分が必要としている環境をほぼ全てそろえてくれている。

自分で一から作らないと理想の環境は無いだろうと思っていたのだが、それが完成形で目の前に用意された時、それでも自分のオリジナルにこだわるというのは、ビジネス的にはナンセンスだろう。

誰もやらないのなら自分でやる。でも、誰かが既に作ってくれているのなら、それに乗る。

目の前で本当に数字が作られていくのを見て、その中に自分のギアが噛み合う事をイメージ出来るかどうかが重要だ。


さりとて、今までの失敗がムダだった訳ではない。失敗しながら挑戦し続けた御陰で、今回のチャンスはたったの2時間で理解出来た。

理解するまでにかかる時間が毎回短縮され、毎回成果は上がって来ているので進歩しているのは間違いない。

投資等、いろいろとやっては見たが、やはり一番投資効率が高いのは人との関わりをもったものだ。

人間との関わりをベタにやっている分野での感覚を掴めば、先々の応用範囲は大きく広がる。というわけで、この分野には失敗しても失敗しても挑戦し続けている。
posted by 本気らいふ at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

儲かる占い師は、「当てる」技術に時間を使わない。

アドバイスに従って芸名を変えた芸人が成功する率はほぼゼロ。

「メダルは絶対無理」「この結婚はうまく行かない」と言われた柔道選手はが金メダルを実現。

占い師の富の源泉が「的中率」ではない事は、実は誰にでも分かっている筈なんですが……。

どこに力をつかっているのかをよく考えてみる事が大事です。

「ここに力を入れれば儲かる筈だ!」

と思い込んでいるそのポイントそのものが間違っていたら?と常識を疑ってみる事です。

当たらない占い師が有名で儲けていられるのはなぜでしょうか?

それは、

「○○率」を商品にしていないからですね。

レストランでも「○○○さ」をメインの商品にしていないところがやはり成功しています。

その分野に携わっている人間の目で見ると、メインだと思う部分が、顧客にとっては「オマケ」に過ぎないという事はよくあります。

そのすれ違いが問題の本質です。
posted by 本気らいふ at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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