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2010年07月07日

捨てた人に拾ってもらおうとは思うな

捨てられても幸せをつかめる人と、

捨てられてどんどん不幸せになっていく人と、

両者の違いは、

自分を捨てた人に、拾ってもらおうとするかどうかにある。


あなたを捨てた人は、あなたをもう拾ってはくれない。

捨てるには捨てるなりの理由があるし、捨てるところにまで行ってしまったのだから余程の事があったのだ。

それなのに、捨てた相手に「拾ってくれ」としがみつくのでは、ますます遠ざけられるだろう。


また、捨てた人にばかりこだわっていると、大事な事を見逃してしまう。

あなたを拾う人も居るという事だ。

あなたがあなたらしく在る状態で、あなたを拾ってくれる人に出会う事を考えるべきだ。

あなたを捨てた人に合わせようとすると、あなたらしさを失う。

それはあなたがあなたである意味を失う事で、あなたがあなたで無いのなら、そんなあなたを求める必要は誰にも無い。

あなたを拾いたいと思う人と共に歩めばよい。

あなたを捨てざるを得なかった人にだって苦しい胸の内があっただろう。

苦しさを抱えたままでずっと続いて行くことは、相手にとってだけでなく、あなたにとってもマイナスだ。

だから、

新しい出会いを求めるしか無いように、「別れ」という形で未来を開いてくれたと考えることにしよう。


捨てられた事にばかり心を奪われて、

あなたを拾ってくれる誰かと出会う未来を忘れていないだろうか?


逆もある。

あなたは、

捨てるべき人、捨てるべき仕事、捨てるべき感情、

などを捨てて新しい世界に向かう事を恐れていないだろうか?

捨てるべきなのに捨てないものを言い訳に利用していないだろうか?
posted by 本気らいふ at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 安心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月28日

パワースポットは早く行かないとパワーが落ちるもんで

パワースポットブームのお陰で、ちょっと困ったなぁと思ってるのが、

パワースポットに行列が出来ちゃう事。

あんまり人間が大勢で踏み荒らすと、そこのエネルギーの場が荒れてしまうので意味がなくなるのね、

清正井なんて、ある程度わかっちゃう人だと、「あらら〜」って状態になってるんで、

テレビ放映なんかされて日には、「縁がある」と思っているならさっさと行かないと、元々が縁もないのに欲望だけで踏み荒らす人々の群れに擦れっ枯らしにされちゃうんで、急いだ方がいい。

面倒なんで、楽天トラベルとかで必要なのを予約していっちゃうんだけど



今日はテレビ番組で、


長野の戸隠

京都の晴明神社
八坂神社
上賀茂神社

あたりが紹介されていたが、


以前からそこそこ有名な晴明神社なんかは行列になっちゃうんだろう。

なにしろ井戸のカタチが独特で待ち受けにするにもいいから、あそこの井戸には行列ができるだろうなぁ。



流行り廃りだけで集まる人に、あまり荒らしてほしくないんだが、こうやって広く知らされる事で、縁のある人が気づくってこともあるので、テレビで紹介されるのは悪いとも言えないし。



幸い、晴明神社に関しては、つい最近、ご縁があってその井戸の水と写真を頂いて、エネルギーに触れる機会があったので、私は急ぐ必要が無いのだけれど。

なんか縁を感じるって方は、行けるのなら早めに出かけていったほうがいいよ。








posted by 本気らいふ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 安心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月16日

意味がないという真実だけが救い

人は「意味」を求める。

で、意味がないという事をやたらに恐れる。

幸運にも、不幸にも、意味があるはずだと、意味探しをする。

で、その意味を見出そうとする壮大な妄想の果てに宗教があったりする。

意味なきものに意味を求める人に、仮初の意味を与える事で落ち着かせる装置として宗教を考えれば、それはうまく機能している。

真実よりも、仮初の意味が人を救うことはある。ウソも方便とは良く言ったものだ。

そういう意味では、この装置の創始者達(ブッダなど)は徹底した現実主義者だったのかもしれない。


でも、本当に自由な自分の人生を生きていたいなら、

「意味の無いことに、意味は無い」

という真実を続きを読む
posted by 本気らいふ at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 安心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

「人間以上の存在」という傲慢

軽く、スピリチュアルっぽい事を書きます。

「人間以上の存在」として、神とか創造主とかを挙げる話があります。

が、それでは、

「人間以下の存在」をどう設定しているのでしょう?


揚げ足取りに続きを読む
posted by 本気らいふ at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 安心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月01日

初詣の4つのポイント

毎年この時期になると身近な人にはよく話していることなんだけど、ちょっとした初詣のコツについて。

初詣に行って体の調子が悪くなるということを経験した方は結構多いのではないだろうか?人ごみの中で病気に感染してしまうといった説明も出来るのだけれど、どうもそれだけでは無いと感じていた。

田舎のそこそこ空いている神社に行ってみても、何となく雰囲気が悪く感じることがあって、お参りの後には体調を崩すことが多かったので、これは何だろうと思っていた。

ある日、とある神社の神主さんにこんな話しを聞いた。
「神社に人が大勢押し寄せると、その後の掃除が大変で、結界も奇麗につくり直さないと、神社が荒れてしまう。」
という。直感的に腑に落ちた感じがあった。

本来は神様の降りてくる場所なのだから、清められているワケで、だからこそ罪汚れを祓うってことも出来るんだけど、一斉に一年分の罪汚れを持ち込まれたら、さすがの神様もちょっとオーバーワークだよなぁ。

そういうワケで、その話を聞いてからしばらくの間、初詣には行かないことにして、ちょっと時間をおいてから、「お疲れさまでした」って感じで神社に行くという、なんだかヨチヨチ歩きの赤ん坊が大の大人を捕まえて「人生大変ですな、ご同情申し上げる」ってなことを言ってるに等しいことをやっていた。それでも、元旦に行くよりは随分調子がいい。これはこれで大間違いでもなかったらしい。

ところが、ほどなくして、もっと重要なコツに気付いた。そのコツを実行するように心がけてから確実に運が良くなっている。しかも誰にでも実行出来る簡単な方法で金もかからない(お賽銭は入れようね)。

やるべき事は非常に単純だ。単純だけどそこそこ奥も深いので、注意深く実行して頂きたい。そのお参りの方法とは、

1)まず最初に昨年のご加護を頂いた事について感謝を述べる事。
2)その次に、自分の事でなく、自分の身近で心から大切に思っている人の事をお願いする事。
3)最後に、自分が世のため人の為にどんな行動をするのか決意表明する事。

さて、あわてて実行しないで、ちょっと詳しい解説を読んで理解を深めてもらいたいんだが、OK? 単純な方法だけど仕組みを理解しておかないと、肝心な所が抜けたりするし、応用も利かないから。

重要ポイントその1は「願い事の前にお礼から」

生きてるって事は、知らず知らずのうちにいろんな方のお世話になっているもので、だから人間同士だって、まずは感謝とお礼を申し上げるのが当然の礼儀なんだもの、神様相手なら尚の事でしょう?でも、これを忘れる人って結構多いんだわ。自分一人の力で成し遂げたように思う事があったとしたら、そういう事こそ、神様のご加護を頂いたのだと感謝するといい。そうすると、大抵はふっと心の中に「あ、自分だけの力じゃなかったな、あいつもこいつも助けてくれたな」と思う所が出てくるもの。これだけで一年分のご利益は頂けたようなもんです。自分が自分がの「が」は「我」の事でね。これに捕われると全てを失うから。

もしもお礼を言った事について、実は神様が助けてくれてなかったら?そういう場合はね、神様も神としての面子ってもんがありますから、余計に目をかけてくれます。人間相手でもそうでしょ?自分が何もしていないのに感謝されちゃうと、なんか肩入れしたくなる。神様なら尚の事です。

重要ポイントその2は「自分の事より他人の事をお願いする」

自分の損得に絡む事でお願いに来る初詣客が多い中で、他人の事を願う人ってのは、それだけで神様視点的には目立つ。人間と関わる神様ってのは、大自然とか大宇宙とかの神みたいなものよりもずっと人間臭いところがあって、だから神様に分かる方向で目立つとちょっと有利。世知辛い世の中になってしまっている昨今では、これだけでもご利益偏差値は上がるってもの。

重要ポイントその3は「自分の手の届く範囲をお願いする」

いくら他人の事をお願いするといっても「世界平和」だの「見ず知らずの恵まれない国の子ども達」などといった、実感の乏しいお願いは意味が無いという事。そういうのは本当のお願いにならない。漠然とした願いというのは本当に自分が強く「欲しい」と思っているエネルギーにならないので、その程度の念いでは神様的には囁き声程度にも聞こえないし、我欲渦巻く霧の中で見える程の光にもならない。見えない世界はある意味ストレートなので、別に世間様が喜ぶような立派な願い事である必要はないので、自分が大切に想っている人の事を、自分の事は横に置いといてお願いする。

重要ポイントその4は「自分自身の手足を動かす事」

やっぱり運命は自分で切り開くものなので、神様にお願いしたら勉強しなくても受験に合格するなんて事は無いのね。当たり前なんだけど神様はちょっとしたインスピレーションとか運の方面でお力添えを下さるんであって、この世で一番美味しい部分を横取りするような事はしないワケ。例えば、子どもが勉強出来ないからって親が替え玉受験して大学に入れてやるなんて事をする親がいたらどう?これは絶対に子どもの為にはならないでしょ?この世で自分自身が経験して行くべき事、それは成功でも失敗でも挫折でも、自分の手で切り開いて行くという宝物なんで、神様が手助けするのは、本来の流れへと導く部分だって事を忘れずに。そういう気持ちでお願いした事については、自分の手足も良く動くようになるからね。

さて、今回紹介した事で、これを実行する人が増えると「神様に対して目立つ」というポイント2の部分については効果が薄れると思われるかもしれないけれど、この部分はタイムサービスみたいなもの。本質的には他の3つのポイントの方がメインだってのは解説するまでも無いよね。それにやっぱり「神様」だからね、神様的な筋が通っている願い事なら1億人やそこら、どうってことはない。むしろ、最近は助け甲斐のある人間が少なくて退屈しているんじゃないかな?

この初詣のコツを実行するようになってからは、初詣で風邪を引くなんて事も無くなったし、なんというか「安定感」のようなものを感じるようになってきた。願い事も叶いやすくなっている。

どうやら自分の事を願うより、大切な誰かの事を願う方が念いは強くなるという事らしい。昔は「人の欲が渦巻いていて嫌な場所」だった初詣が、今では「大切な誰かの事をお願いするって心の節目をくれる場所」になっている。

そして、このごろになって気付いた大切な事がある。それは、
「私の事を祈ってくれていた誰かが確かに居る」
という事。一番身近で確かなのはウチの親なんだけどね。
想い合う、祈り合う、そういう幸せに気付かせて頂いたという事こそが、ご利益だなぁと。

新年、あけましておめでとうございます。皆様にとって良い年となりますよう、この初詣のコツがお役に立てれば幸いです。
posted by 本気らいふ at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 安心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

あなたにお任せします。

私が考えつかない事を考えつく、

そんなあなただから、

私にとって興味の無い事は、

安心してあなたにお任せ出来ます。


私とは全然違う存在として、

そこに居てくれて、

ありがとうね。
posted by 本気らいふ at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 安心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

布の手作りオモチャ〜親子のふれあいって財産

布で手作りのおもちゃが紹介されているページ

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posted by 本気らいふ at 12:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 安心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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