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2007年02月07日

これではネットの掲示板と変わらんよ

柳沢さんの言葉の選び方がマズいという面もあるにしろ、今回はやり過ぎだよ。

<柳沢厚労相>子ども2人以上「健全」発言、波紋に拍車

いちいち重箱の隅をつつくような言葉狩りをして、

これでは世間で問題にされているインターネット上の掲示板と変わらない。

誤解を与えないように言葉を選ぶのも大事だが、どんなに言葉を選んでも全ての人を誤解させない言葉なんてものは無い。

そもそも、その言葉を受け取る側が積極的に誤解しようとしていたら、どんなに言葉を選んでも無力だ。

一部の言葉だけを取り出して大騒ぎするような社会をつくって、それを肯定していると、世の中全体が掲示板のようになってしまう。

理解し合うって事が前提になくなってないか?挙げ足取りはコミュニケーションじゃないぞ!

文脈だってある、

その場の雰囲気だってある、

その場で語る時間やスペースがなくて省略せざるを得ない事もある、

受け取る側も表現のマズさを感情的に煽り立てて大事件にしてばかりでは、何も前に進まない。

もう、うんざりだ。
posted by 本気らいふ at 04:16| Comment(4) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>その言葉を受け取る側が積極的に誤解しようとしていたら

そういうのは曲解と言います。
Posted by 通りすがり at 2007年02月07日 22:04
通りすがりさんのおっしゃる通り。

曲解という言葉を使う事も出来ましたね。

敢えて「積極的に誤解しようとする」

という表現にしたのは、

その方が、私の感覚としてはしっくり来たからなのですが、


かえって分かりにくかったかも知れませんね。
Posted by 本気らいふ at 2007年02月12日 05:35
「積極的」は「消極的」の対義語でどちらかというと肯定的で良いニュアンスを含みます。
「誤解」もまた「悪意はない」という前提である場合が多いです。

本文の論旨の場合、「受け取る側」に悪意があると思われますし、上述の理由から「積極的に誤解しようとする」という言い方に違和感を感じたのだと思います。

「曲解」という言葉はもとより悪意を含んでいます。
Posted by 通りすがり at 2007年02月22日 02:30
通りすがりさんのコメントの御蔭で、なぜ自分がこの言い回しを選んだのか分かりました。

「曲解」にすると、悪意が明確になり、当事者である「受け取る側」に悪意は意識されているという感覚が強くなります。

私は、どうもこの「受け取る側」が自分の悪意を隠蔽しようとしているのではないかと感じているのです。

それで、悪意が明確な「曲解」ではなく、「積極的に誤解する」という違和感のある表現で、その卑屈さというか卑劣さを皮肉ってみたというワケです。
Posted by 本気らいふ at 2007年03月04日 08:00
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