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2011年09月29日

独自規格と心中したいのか?日本の電子書籍

電子書籍の規格、電子ファイルのフォーマットを一般企業が独自につくり、そして、それを十分にオープンにしない事で囲い込みと利益の確保を目論むという事をやる。

これを平然とやってのける企業というのは、反社会的、いや、反文化的な企業であると言えるだろう。

そして、その閉鎖的な電子ファイルフォーマットでしか出版する気のない出版社も同罪である。

電子ファイルフォーマットの恐ろしさは、
それが文化の容器になるという点にある。

そのフォーマットで蓄積されたドキュメントは、そのフォーマットを失ってしまうことで全てが一斉に缶詰になってしまうのだ。

この責任、その恐ろしさに対して無自覚に経済活動優先して規格の独占を目論むというのは、文化を理解しない愚かな行動だ。

文化の容器としての文書ファイルフォーマットを設計するならば、それらは全てオープンにされ、誰もが気兼ねなくそのフォーマットで文書を作れるようにしなくてはならない

のみならず

そのファイルフォーマットが広く使われるようにこれの標準化に努力を注がなくてはならない。営利企業であるからという理由でこれを疎かにする事は、社会全体に大きな負担を押し付けて利益を得ようとするも同然であり、そのような企業はやはり社会から拒絶されていく事になるだろう。

自分の作品が缶詰の中に閉じ込められてしまうかも知れないとしたら、

そんな文書フォーマットでの出版を望む書き手など居るものだろうか?

標準化、オープン化が進むフォーマットに対して、自社の採用しているフォーマットが優れているとのたまうS社などは、この点が全く分かっていない。

その優れたフォーマットが世界標準の方向に向かわなかったのはなぜか、それを問わねばならない。

文化の容器を創るというのは、ガジェットを造るのとはワケがちがうのだ。
posted by 本気らいふ at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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