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2011年04月16日

ドイツの利己主義的な国民優先の方が

ドイツが原発廃止といっても、フランスから原子力の電力を買うんだろ?って批判するのがある。



今出来ない事と、出来る事がある。



ドイツはそのあたりの線引きを、ドイツ一国ってラインにも明確さを持ってるって事だと私は思ってる。



フランスから原子力の電力を買うってのは世界的な原子力反対には合致しないだろうが、ドイツがまず優先したのは、そんな世界レベルの事ではない、いきなり理想論をもってきてドイツを批判するのは適切とは言えないだろう。



つまり、ドイツは原子力を国内に置かない事を優先した。これは現実的な解と言える。



これは、原子力事故が自国内で起きた場合のリスクを想定したものであって、単純な感情的な原子力反対ってのとはワケが違う。



地続きに多くの国と接していて、しかも100年戦争やったなんて悲劇も経験しているヨーロッパの現実感覚は、島国の感覚では分からないのかも知れないが、



国家間の賠償請求のリスクまでを総合して考えた場合に、国内には原子力を置かないという判断が活きてくるという計算ぐらいはしていると考えるべきだ。



そこまでを総合して、国民がそこにある程度の安心感を持って留まれる「国」という器を守る事を考えたという事だ。



また、原子力のリスクが大きく意識されるとなれば、原子力発電のコストは上昇する。賠償請求リスクを料金に上乗せせざるを得なくなる可能性を考えると、積極的に自然エネルギー開発などを推し進める事で、次世代ではエネルギー分野で覇権を握れるかも知れない。



それまでの時間稼ぎとしてフランスから電力を買うってアイデアはそれほど悪いものだろうか?



国家が第一に考えるべきは、自国民であり、国そのものの維持だ。



世界の原子力を廃絶するためにドイツが動いているのではない、世界のどの国も、そんな世界レベルの事で動いているのではない。というか、世界がそんなに簡単に動くものか、ヨーロッパがまとまるのに何年かかった?この小さな日本って島国だって戦国時代が何年続いた?



ドイツの動きは、国家戦略であり国のデザインなのであって、フランスから原子力の電力を買って、自国には原発を置かないというのはドイツの選択としてアリというだけの事だ。



日本は外国からの賠償請求の可能性や、今後の原子力業界の世界的な変化に対する戦略的な分析を行っているのだろうか?



国としてのエゴ(自国を優先する)という事がドイツは出来ている分マシだと私は思う。



日本はそういう明確なエゴによって自身を守るという事に無頓着になる部分がある。特に危機的な状況下ではそれが顕著になるように思われるがどうか?



これは国家戦略の在り方の違いであって、ドイツの行動を取り上げて、原発反対に意味が無いなどといった言説に繋いでしまうのは意味が無い。



このところ、むしろ反原発を批判する側の脊髄反射的感情論が目立ち始めているのが気になる。
posted by 本気らいふ at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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