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2010年08月21日

リッツ・カールトン神話は神話になってるから駄目なのだ。

リッツ・カールトンが大阪に出来て、テレビで話題になり始めた頃に利用してみた事がある。

神話を確かめに行くと、やはり神話に過ぎないという例が多いので、自分から確かめようという気になる事はないのだけれど、この時は見えっ張りな取引先(案の定短期間で縁は切れた)が、

「リッツ・カールトンに宿泊する俺様を見に来なさい!」

ってな感じで私を連れていったのであった。

なるほど、テレビやら書籍で紹介されたとおりの事をしている。

が、

それは、マニュアルとシステムがやっていることであって、そこにいる人間がやっているという感覚がどうしても湧いてこない。

それなりに良い部屋をとったので、ラウンジのようなところも利用できたのだが、次もそのグレードの部屋を選ぶかというと、全然そんな気持ちにはなれなかった。

というか、この値段でこの程度で、テレビで話題になってるってのはヤバいだろうなぁと思っていた。

が、当時はこういう感想を口にすると、へそ曲がりか、サービスの事を分かっていないみたいな扱いを受ける事が多く、なので極近しい人との意見交換でのみ、リッツ・カールトンは危ないよねって話をしていた。


ハッキリ言って、私は何一つ感動などしなかった。

素晴らしいと言われるリッツ・カールトンの通常オペレーションがどの程度かと期待しすぎたところもあるが、ワザワザ書籍やテレビを利用して集客をしているのだから、テレビや書籍では感じられない機微のようなものを、そこで客に感じさせなくてはならないというのに、それが無いのだからがっかりだ。

そこにあったのは、既にテレビで見たこと、本で読んだこと「だけ」だった。

この時点でマーケティング戦略そのものが失敗している。

客がその種を知っている手品なんて、何の感動も生み出さない。

必要なのは、

「テレビや本で見て、こうだろうと思ってたけど、あれはスゴイ!いや、種も仕掛けも分からないけどスゴイ、え?どうなってるのかって?いや、無理無理、言葉で説明しても分からないよアレは。」

といったものなのだが、それが無い。


さらに、スタッフから感じられたものは、リッツ・カールトンというシステムの中に自分が所属しているという安寧だった。

どのスタッフも「リッツ・カールトン」なのは、ある意味驚きであり、マニュアルやシステムがしっかりしている事の証明だろうが、

客は本当に感動するのは、「リッツ・カールトン」を超えた「スタッフのハート」である。


リッツ・カールトンでは、スタッフは他のホテルよりも顧客満足をあげる為の裁量権といったものが与えられているのだろうが、

それはホテルから与えられた裁量権の行使であって、

スタッフのハートがホテルの枠を超える時のそれとは違うものだ。


私には気に入っている宿がある。

それがどこかについては、あまり語らない。特にこういう公のところでは絶対に語りたくない。

それは独り占めしたいという想いからではなく、

その宿には、私の知りうる限り最高の客となるであろう人を紹介したいからだ。


客商売は、とにかく客を集めたら良いのだろうと思われがちなのだが、無差別に客を集めてしまう事の恐ろしさを知らない人が多い。

もちろん客が全く集まらないのではお話しにならないが、

優良顧客を集める事が大事であるという事、「客を選ぶことが出来る」という事がどれほど重要なのかを知らない人は、客というものの恐ろしさを思い知る事になるだろう。

なので、私のとっておきは、愚かな客に荒らされたくないし、その宿の女将もスタッフたちも大好きなので大事にしたいから、とっておきの優良顧客になりそうな人にしか教えない。


さて、リッツ・カールトンはどうか。

テレビや書籍によって既に紹介された「リッツ・カールトンというシステム」以上のものをそこに感じない。

こういう類のことは、半日もそこのサービスを体験すれば分かってしまう事で、それは実際の動きだとか受けたサービスという事ではなく、感じられてしまうものなのだ。

で、神話というのは、つまり、神話でしかないんだな…と、

今でも、

「それは貴方がリッツ・カールトンの素晴らしさを体験できるところまで利用していないからだよ」

などと言われる事もあるのだが、

それに私は反論する。それこそ、一歩足を踏み入れたときに「おや、いい感じだな」とか感じる、そういう感性を磨いていないから人為的に作られた神話に振り回されてしまうのではないのかな?

頭の中で、テレビや書籍の内容を反芻し、それに基づいた採点表を埋めながら、それで満足するべきだと思って満足してしまう。

そういう事になっていないだろうか?


先ごろ、星野リゾート関連のところでも、同じような事を感じる出来事があった。

優秀な経営、思慮深いマーケティングがそこにあっても、ハートはマニュアルにもシステムにも収まらないし、場合によってはハートを殺してしまうことだってある。

本当にスゴイところというのは、スタッフのハートを顧客満足という目的に従わせてしまうような経営をやっているところだ。

そういうところは、ITを入れても、何か特別なマーケティング手法やらマネジメント手法やらを採用しても、常にその目的とするところはブレない。だから、ハートまでもが目的に従うようになる。その組織全体がひとつの生命体のように、目的に向かっていくのだ。

必要なのは神話ではない。

後に神話になってしまうような真摯さをもつサービスである。

神話とは過去の保存でしか無く、神話に頼ってしまうと、過去の繰り返し再生ばかりやって安心してしまい、停滞を招く。

大事なのは、今だ。
posted by 本気らいふ at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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