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2010年08月12日

日本語にやたらと固執する留学生受け入れ計画

サラッと読むと、いいことを書いているようで、実は中身がぐちゃぐちゃ。

外国人留学生の力を取り込んで、日本の活力を取り戻す

内憂外患というシリーズだが、なるほど内憂である。

日本と韓国、中国の3ヵ国間の大学で、単位に互換性を持たせる仕組みづくりをしようと政府間の話し合いを進めている
「アジアのスタンダードはこれですよ」というものを作り上げようと考えている。
と仰るのは納得だし、よい試みと思うが、

次のところで妙な話になっている。

メインとなる大学で、英語で完結できるカリキュラム――、つまり、英語で授業や試験を受け、単位を取得できカリキュラムをつくれば、政府が助成しますよ、というものだ。現在13校が指定されており、すでにスタートしているのだが、じつは今、これにストップをかけている。
なぜストップをかけてるのかというその理由がもう呆れたもので、

なぜなら、英語で授業を行うことも大事だが、本来、英語を強化しなくてはならないのは、外国人留学生ではなく日本の学生だからだ。外国人留学生が日本の大学に求めているのは、かならずしも英語でのカリキュラムではない。
あのですね、だから英語で完結できるカリキュラムが必要でしょう?一挙両得になるでしょう?なんで止める必要があるの?

それに、外国人留学生が日本の大学に求めているのは、必ずしも「日本語でのカリキュラム」ではないって度合いの方が大きいんじゃないですか?

この方は日本語に特殊な力があるとでも思っているんだか、そんなもんはありませんよ。

さらに驚くべきことに、あっさりと英語には負けてしまうと白旗を挙げてみせるあたりが……

 これを、もし英語で教えてしまったらどうなるか。英語の本場はアメリカだから、やはりアメリカに行こう、ということになってしまう。
いえいえ、逆ですよ。

もしも日本に学びたいとおもうものがあった場合、そして、それがアメリカの大学などでは到底学べないものであれば、それを英語で学べるなら留学生はもっと気軽に日本にやってくるでしょう?

なんでそんなに日本語を押し付けたいわけ?文化的な側面というのは一朝一夕に教育で身につくものではないんだから、大学教育とかそういう機関でやる範囲ではないでしょ?留学生にとっては有利なスキルを身につけて、現実的な生活の糧とかを得るために学びにくるんでしょ?

そもそも、英語で授業をしたぐらいで、アメリカに留学生が流れてしまうなんて発想が意味するのは、つまり、内容では競争できないので、ミステリアスな日本語に包んで高級そうに見せたいって事になるでしょうがよ。

自信のある人なら例外なく自分の研究が英語に翻訳されるのを嫌がらないし、そうやって世界に知らされるから、世界中から学びに来る留学生が出てくるんでしょ?

いっぽうで、日本の学生には英語力を強化させ、英語でディベートできるくらいのレベルまで頑張らないと卒業できないぞ、というところまでもっていきたい。外国人留学生には日本語を、日本の学生には英語をということで、メリハリをつけるプログラムにしたいと考えている。
だから、前述した通りのプログラムをなんでストップするのは逆効果でしょ?

何がしたいわけ?

日本人の生徒は英語漬けにして、外国人留学生は日本語漬けにするって事かい?

そういう発想はね、日本人がアメリカに留学するのは「英語を学ぶため」って幼稚な発想に固まってるから出てくるの。

英語を学ぶんじゃあなくて、そこに求める教育があるから、学びに行くんだよ、で、そこで使われている言語が英語だったから、英語で学んだってだけのことで、英語を学ぶのは第一義じゃないんだっての。

だけど、ここでエライ人の言ってる事は、日本に何かを学びに来るのなら、第一義に日本語を学びに来いって言ってるようなもんだからね。

そこまで上から目線で言うんなら、どうして日本語を国際言語として本格的に世界に広める努力を怠ってきたわけ?

最高のタイミングだったバブル期はのぼせ上がってる間に過ぎてしまって、今更、日本語を世界に?

ムリムリ。

彼らを惹きつけるような経済的な盛り上がりは全部中国とかインドにもっていかれてるんだから。

こういう認識で日本にやってくる留学生を増やせるとか、彼らが満足するカリキュラムを提供できるとか思ってるあたり、やはり世界に伍していく日本という未来を期待することは難しい。


日本語を教える事に意味が無いと言いたいのではないし、英語が日本語よりも優れた言語だと言いたいわけでも、ましてや、英語圏の文化が日本の文化より優れていると言いたいわけでもないので誤解しないで頂きたいが、(え?文章読めばそんな誤解するバカは居ないって?いや、いるからさ、こんな面倒な断り書きもしなきゃならないのよ念のため)

どうも日本語ってもの、英語ってものを、コミュニケーションの道具として以上のものとして、情緒的に捉えてワケが分からなくなってしまっているなぁこれは、と思う事が多い。そういう現象がこの国には蔓延している。

確かに日本語ならではの表現もあるだろうが、全く同じように英語ならではの表現もあるし、しかし、では言語が違うからと言って相互理解が出来ないのかと言えばそうではない。

外国人留学生の力を活用したいというミッションがあるのなら、別に日本語での教育にこだわる必要もないだろうに。

また、英語で全てのカリキュラムが組まれるという計画はストップする意味が無い。まずはそこを呼び水に優秀な外国人留学生を受け入れ、彼らを利用して日本人学生の英語力アップ、異文化への適応能力の向上をはかれば良いことだ。そのためにはむしろ日本語を学ぶことを第一義とするような外国人よりも、日本語はあくまでも道具に過ぎないと考えるような外国人の方が有益だ。

なぜなら、

海外に出てみれば分かることだが、日本は世界でそれほど強い地位には無い。日本語を話せることがビジネスの世界で優位であるかもしれないと思われていたのは20年ほど前の事であり、しかも実質はそれほどの優位性がなかった。

だから、日本語を学びたがる外国人留学生は、日本の文化などに深い興味を持っている、いわば日本オタクである可能性が高く、日本が必要としているのは、日本オタクの外国人パワーといった狭い分野のものではないのだから、この記事に書かれている内容で外国人留学生の力を取り込むつもりであれば、それは全く機能しないものとなるだろう。

こんな認識の低いことだから、そもそも日本人学生が活力を失ってしまうのだ。

自国民である日本人学生に活気がないというのに、外国人が日本を目指すものか!

バカバカしい限りだ。


中国ならどうするだろう?韓国ならどうするだろう?

迷わず英語でのカリキュラムを採用し、自国の学生たちは平然と外国人留学生たちと英語で議論を戦わせるだろう。

ファンタジーで戦略を組み立ててはならない。

現実を見れば議論の必要など無い。

英語は、歴史上類がないほど、それを母国語としない人々によって使われている言語なのだ。その地位を今から日本が手に入れる?寝言は寝て言えという話。

何が欲しいのかをハッキリさせておかなくては、何も手に入らないだけだ。

なぜ、世界中で英語が使われるのか、それは、英語で話すと商売相手が広がるからだ。カネになるからだ。自分の生活を豊かにできる可能性が高いからだ。だから、野心を持って留学する人たちは英語に流れるし、その上で今、もう一つ学ぶとすればアジアの成長を見込んで中国語だ。日本語は趣味の領域でしかない。

なのに、どうして日本語にこだわり、外国人に日本語を教え込むという発想に固執するのだろう?

いいかげん、ノスタルジーとかファンタジーで現実を生きようとするのはおよしなさい。まるで引篭もりの駄々っ子のようだよ。
posted by 本気らいふ at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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