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2010年05月02日

信じるときは、裏切られる覚悟をする。

人を信じて裏切られるというのは苦しいものです。

相手を恨みたくもなるし、仕返しをしたくもなる。

でも、恨んだり仕返しを考えたりする事は、何の解決にもならない事で、時間の無駄ですね。


では、裏切りを予防することは出来るでしょうか?

これも無理でしょう。

お互いが組む時には、お互いの利害が一致しているでしょうが、

万物流転です。

状況は変わります。

気持ちは揺れ動きます。

自分にとってメリットの無い関係になってしまった時に、自分が損をしてでも一緒にやっていくなって無理を重ねてまで「裏切らない」事にこだわるべきでしょうか?

自分が裏切る側にならざるを得ない場合を考えてみれば、

状況が変わったら関係も変わるという事を受け入れるしか無い。

裏切りを予防する方法はありません。

あるとすれば、全ての進歩を捨てて、なぁなぁで互いに足を引っ張り合い、ぬるい関係を続ける以外にないでしょう。


感情的になって「裏切られた」と思うときは、

実は相手の不利益を考えず、自分ばかりが得をする状態に成っていたのかも知れない。

自分よりも利益になる別の相手を見つけたのかも知れない。

自分が相手にとって欠かせない存在であり続けることが出来なかったと捉えれば、

「裏切られた」という感情に振り回される必要はなくなります。

感情でとらえるから見えなくなってしまうだけです。

裏切りのほとんどは、単に新しい展開だというだけです。

稀に、悪意を元に裏切る人も居ますが、その場合でも、

それを見ぬくことが出来ずに組んでしまった自分の甘さが「裏切られる一番の原因」です。


裏切らざるを得なかった相手の事は、道を違えた元仲間と捉えて、さっさと許してしまった方が自分の未来のためになります。

まぁ、よくよく考えてみれば、許すとか許さないとかって問題でも無いですね。

悪意で裏切った相手については尚の事、感情で考えないようにして、むしろ去ってくれてラッキーだと捉えるべきでしょう。


それでも、どうしても裏切られたくないという場合は、

誰とも組まないことです。

たった一人で誰も信じないで誰とも関係しないで生きていく他に、裏切られないで済む方法はありませんからね。


裏切られることも覚悟して信じるか、

信じずに一人でやっていくか、

いずれにせよ、「孤独」を受け入れる事に変わりはありません。
posted by 本気らいふ at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功は体で覚えろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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