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2010年01月14日

稲盛は宗教じみているとかって批判には力があるか?

これこそが、雇われで働いている側のメジャーな反応だろう

 稲盛和夫氏に日本航空CEOは勤まるのか?
京セラの常駐者の朝礼は企業理念の唱和等が異様に長かったため、業務のブリーフィングを入れたら30分ぐらいかかり、陰で「時間の無駄だ」とボヤいていた
者もいた。稲盛氏は臨済宗の僧籍を持っていることで知られているが、京セラグループの「宗教団体体質」は有名で、八幡には「社墓」まである。

当時の同僚もそれだけが理由ではないが、京セラの「宗教団体体質」に嫌気をさして退職した。
私も、気楽に雇われている身分でいたならば、稲盛氏には来て欲しくないというのが本音だ。

だが、もうひとつの本音もある。

そういう気楽さに甘えてだれきっている自分に喝を入れてくれる存在が来てくれることはありがたいかも知れないという事だ。

人生のあらゆる場面で共通することなのだが、気楽にさせてくれる組織、仕事、部活、これらから得るものは少なかった。そしてその思い出も浅く薄く、取るに足らないものだった。

自分にとって今、本当に役に立つ力となっているのは、厳しい練習の中で自分の限界を超えても認めてもらえなかった部活での日々、厳しい上司の下で泣きながら食らいついた本当の意味での自分の初仕事、甘えを許さない組織での緊張感。

それらには、明らかな宗教はなかったが、一種宗教的なものが存在する。

勤勉という価値観、異常なまでに正確性を追求し、今の自分を超越しなくては実現不可能な目標の設定、これらを「宗教的」と言ってしまえば怪しくなってしまうが、全て向上しようとする場にはこれらが存在する。

稲盛氏の場合には僧籍にある方でもあるので、すぐに宗教に結びつけられてしまい、宗教だから異常だという捉えられ方をする事が多いが、順番がちがう。

彼の生き方があって、彼の経験があって、それに一致するものを仏教に見出したから僧となったのであって、仏教ではこう言っているのだから、商売をこうせよとか、仕事はどうせよという事ではない。ここに注意するべきだ。



↑こういった著書があるから余計に宗教的とか言われるんだろうが……。


会社を一つの生命体として考えた時に、それらが一致団結する状態にしなくては、勝ち抜くことが出来ない。

だから、組織には、その組織を強くするためにどの方向に向くべきかを舵取りし、調整する役割が必要になる。

組織の死は、その組織に属している人々に苦難に満ちた未来をもたらす事になるのだからリーダーの責任は重大だ。

組織内で守られているつもりになって、御気楽な状態を維持したいという方々は、厳しい変革をもたらすリーダーを影で悪く言ったり、サボタージュに走ったりするものだが、面と向かって「あなたは間違っている、こうするべきだ!」と反論して見せる例は寡聞にして聞かない。

陰口をたたいて、その場を去るだけの事だ。

つまり、何の利益ももたらさず、自分の都合のみを主張してその組織を見捨てるだけの利己主義的がそこにあるだけだ。

逆に自己犠牲だからっていいことにはならないが、少なくとも的はずれな批判でリーダーを貶め、組織の活性を下げるのは無意味だろう、利己主義なら徹底して利己主義に、無駄口を叩くひまがあったら有利な場所に移転すれば良いのである。


リーダーシップというものには、広義の宗教的性質がつきまとって当然だ。

宗教というものの強力さを素直に認めるならば、そこに発揮されているのは、見事なリーダーシップである事に気づくだろう。

宗教をビジネスとして捉えた場合に、その巨大な教会組織を維持する仕組み、信者からあつまる収益をさらなる収益へとつなげて行く仕掛け、そしてなによりも、そこに属する人々をまとめる人心の統一ぶりに学ぶべきだ。

企業も組織なのだから、目的に向かって心を一つにする事が最も重要である。

これが出来なければ、組織はバラバラな意志によって分解してしまい、何の成果も出せずに死に絶えるのだ。

そこで、稲盛氏である。

宗教的とも言われるほどの人であればこそ、JALには彼が必要なのではないか。

なんだかんだ言っても、その経営手法は、人心をまとめる力があるからこそ「宗教」と言われるのだ。

つまり、宗教と言われるほどの経営能力、組織運営力、影響力が、JALに必要とされているのではないかと考えるべきだろう。


宗教的、大いに結構である。

成果が出て、組織がしっかりして、JALが質の高い航空会社として伸びていけるなら宗教だろうがなんだろうが構わないぐらいの決意でなくては再建はおぼつかないだろう。


宗教的だからという意見に、いわゆる新興宗教や、政治に色気を出す宗教団体のようなものを連想していると、判断を誤る元になる。

例えば、京セラ系の会社を退社しようとしたら、監禁されて、家族まで巻き込んだ脱会騒動になるかどうか考えてみれば分かる。

稲盛氏が僧籍にあるとか、そういう事は無意味な中傷に過ぎない。


JALの従業員のみなさんは、稲盛氏の元で心をひとつにして再建を目指す以外にないし、それが不満であれば辞めてよそに行けばよいのである。

JALに留まって再建を目指すと決意した従業員のみなさんにとっては、細かいところで不満が出ることもあるだろうが、困難に立ち向かうに頼りになるリーダーを得たという点については希望を持っていると思う。

なによりも、稲盛氏の勇気を私は讃えたい。

彼の立場を考えてみよ、今更このような挑戦をする必要がある人では無い。

何もしなければそれだけで大御所として成功者として名を残す事が出来るというのに、こんな困難な事に、しかも畑違いの分野だというのに挑戦するのである。

老いても、死ぬまで稲盛氏は稲盛氏だという事か。

稲盛氏のガッツを見せられて、私なら「燃える」がね。


宗教っぽいだの、朝礼がウザイだのって、自由の意味が「気楽」と「好き勝手」だと思ってる人には、そんな幸せな「ゆとり世界」は、日本の外には無いよと言っておきたい。

もちろん、それをウザったいって蹴り飛ばして世界に出る人もいるけど、本当にそれが出来る高能力一匹狼はほとんど居ない。

勘違いして孤立する野良犬は沢山居るけどね。


稲盛氏が宗教的?それがどうした。稲盛氏の勇気の前には、このような批判に何の「力」もありはしない。
posted by 本気らいふ at 17:30| Comment(4) | TrackBack(0) | どぉ〜なっちゃってんだよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
貴方がどう考えておられようと結構ですし否定するつもりもありませんが、

あからさまに政権と癒着して地位を得ることは勇気ではなく、強欲ではないでしょうか。
稲盛氏がよく陰口を叩かれるのは、今回の件以外にも今までのそうした言動不一致によるところがあると思います。

ちなみに氏の思想は通常の宗教ではなくカルト宗教のそれに酷似していると思います。氏の本を数冊読めば分かると思いますが。
ただ、今の腐りきったJALの体質にはその位のワクチンが効果的でしょうね。
Posted by ひとつだけ at 2010年02月02日 09:13
ひとつだけ様

稲盛氏が民主党政権に肩入れしているのは確かですが、徹底的にのめり込む性質をもつ稲盛氏の事ですので、

強欲故の行動というよりも、勇気、もしくは自己過信からくる蛮勇という線の方が強いと判断しております。

思想はカルト宗教的とのご指摘はごもっともだと思いますが、論をハッキリとさせると、どうしても極端な表現になる部分はありますので、むしろ行動がカルト宗教的かの方が問題と捉えています。

今のところ、彼の行動はカルト宗教の域ではないと考えております。

アクの強い方ですが、それだけにJALには適任かと、

稲盛氏の業績、著書に関しても好意的に解釈出来る部分が多いと感じ、ポジティブ方向にこのエントリを書きましたが、

ひとつだけ様ご指摘のとおり、これらがネガティブに出てしまえば、JALは地獄の職場と化すでしょう。

稲盛氏はある意味劇薬ですので、取り扱いを間違えると大変な事になるでしょうね。
Posted by 管理人です at 2010年02月02日 14:22
はじめまして。
勤続13年の京セラ社員です。
管理人様のコメント、もっともだなと思いながら読ませていただきました。
私自身もフィロソフィの素晴らしさは十分納得しつつ、たまには文句も言いながらここまで勤めてきました。ここは企業であり、利益を追求しなければ従業員やその家族は守れないわけですから、実際には日々仕事をしている中で、「人間の生き方」を説いたフィロソフィに反する出来事やどうしても「それは違うだろう」と思う人が存在したりそんな人が偉くなったりする矛盾はたまには存在するわけです。
社内でも文句を言っている人はいます。でも、管理人様のおっしゃるとおり、「貴方は間違っています」と胸を張って言えるような言い分を持っている人は一人もいません。
そしてそういう人に限って、辞めずにずーっと文句を言いながら働いていたりします。
退職をする人の中にはなんらかの志を持って辞める人もいれば、文句を言いながら辞めていく人もいます。でも会社はそんな人を追いかけていくことはしませんし、「残念だが組織に必要のない人もいます」と稲盛氏も名言しています。

相性というのはあるものです。たまたまフィロソフィが合わなくて、京セラでハッピーになれなくても、他でなれる人はたくさんいます。でも、どこに行ってもハッピーになれず同じことを繰り返す人があるのもまた事実です。

稲盛氏の考え方って、子供が聞いても分かるベーシックなことなのですが、本当の意味で分かろうと思うと、歳をとっていろんな苦労や失敗をしたり、経験を重ねていかないと味が出てこないものなのかもしれないですね。これまで人間関係とか、自分のやりたい事とのギャップとか、いろんなことがきっかけで何度か辞めようかと思ったこともありましたが、どうせ仕事をするならばこのような哲学を堂々と恥ずかしげも無く言える環境で働いてこられてよかったと、今となっては思っています。今後自分がどのような人生を送るにしても(京セラで働き続けるにしてもいつか辞めるにしても)、無駄にはならないと思うからです。

長々とすみません。日ごろ私が感じていたことを、本当に分かりやすく言葉にしてくださっていて、読んでいて自分の頭の整理ができました。ありがとうございました。
Posted by わさび at 2011年11月10日 12:00
稲盛氏の考え方は確かに非の打ち所がない。
しかし、いくら人生の真理や法則によって
心を磨き魂を崇高に出来ると説いたところで、
所詮は頭の世界、言葉の世界と言わざるを得ない。

理性によって、徹底的に抑えようとする稲盛フィロソフィーは、うつ病や真面目系うつなんて言葉が生まれしまうこんな時代には劇薬という程の効果は無いだろうと鋭く感じます。

高度経済成長期の日本は、
宗教染みるほどの、団結力つまり、
心を一つの方向へ硬く結ぶ必要があったでしょう。

しかし、今日の日本は何があるか分からない。
社会的にも精神的にも、
心をほどいて360度柔軟に対応する力が求められていると思うのです。

以上を踏まえてみれば、
最近の稲盛氏を見ても、今この時この場では、
劇薬ほどのリーダーシップは発揮出来ないと感じます。
Posted by yuragi at 2012年08月27日 04:55
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