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2009年04月23日

宮沢賢治は、そんなに低い評価だったの?

宮沢賢治に関して気になるページを見つけた。

宮沢賢治は日本人に生まれて損をしたのか
http://www17.ocn.ne.jp/~h-uesugi/kenjitodai.htm

ロジャー・パルバースという方が書いたもので、宮沢賢治について「なるほど」な解説がなされている。

特に宗教的な側面についての考察は、日本人には難しいだろう。というのも日本人には欧米に見られるような宗教観が無い。

そういう宗教感覚の無さは、日本人が「自然」感覚を強く持っていたからだと私は思っている。というのも、宗教ぐらい人為的なものも無いからだ。なにしろ自然の法則や世界の成り立ちまでを、人間の理屈でこじつけてしまうところまでやってしまうのだから。

古代の日本人には、自然を宗教で理解した事にするといった事が馴染まなかったのだろう。自然は理解不能なままに畏れるといった姿勢が強いように思える。

と、脱線したが、

宮沢賢治について、ロジャー・パルバース氏は
唯一1990年代は、宮沢賢治が20世紀日本文学の重要作家として認識された時代だった。

と書いていらっしゃるのだが、このあたりについては同意出来ない。

というのも、70年代の小学校の教科書に宮沢賢治の作品が載っていたのを憶えているからだ。

学校の教科書に載っているのだから重要作家として認識されていたと考えて間違いは無いだろう。確かに1990年代には宮沢賢治ブームがあったが、それ以前の1985年にはアニメーション作品として「銀河鉄道の夜」が公開されている。

なので、宮沢賢治が重要作家として認識されていないとする彼の主張には同意出来ないのだ。

ただ、それ以外の部分について、特に宗教的な側面と、音の美しさについての記述には考えさせられる所が大きかった。
posted by 本気らいふ at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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